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電気を付けたら部屋が明るくなりました、みたいないつも通りの放課後。俺はいつも通り占領もとい借りられた文芸室に足を運んだ。にしても太陽もたまには休めばいいのにどうしてここ最近晴天続きなんだ。 真夏の太陽を恨みながらドアを開けると、そこにはチューリップの花のように可憐なメイドがのんびりお茶を沸かしてい・・・なかった。 ただ部室の真ん中で怯えた朝比奈さんが団長様に気圧されていた。 ハルヒ「だから答えてちょうだい!どうやって瞬間的に私の前に姿を現せたのよ!?」 みくる「あうあうあうあうあう」 ハルヒはなんで怒っているんだ?いや、というより爆発寸前の太陽ような笑顔だな。それに「不思議を見つけた」みたいな楽しさを感じる・・・まさか。 少し会話(というより恐喝)を思い出そう。朝比奈さんが突然姿を現した、だと。しかもハルヒの目の前で。 俺が頭痛を感じていると古泉が営業スマイルのまま近寄ってきた。 古泉「事態は深刻です」 なら深刻そうな顔をしろ、仮面か? 古泉「これは失礼。しかし涼宮さんの前ではこの顔でなくてはなりません」 そういやそうだったな。ある程度の事情は察したが状況を詳しく説明してくれ。 古泉「僕にもよくわかりません。僕がここに来たころにはすでにああいう感じでした。」 そうかい。とりあえず止めるためにハルヒのところへ行った。 キョン「ハルヒ、何があったか知らんが少し落ち着け」 ハルヒ「あんたは黙ってて!みくるちゃん、教えなさい!」 みくる「・・・」 まあ予想はしていたが相手にされなかったわけだ。馬の耳に念仏とはこのために作られた言葉なんだと感心した。 古泉「まあこんな感じです。僕が止めても無駄でした。」 無意味に近づいてきた役に立たない超能力者を無視し、部室のすみにいる無口な宇宙人の所へ行った。 長門は椅子に座ったまま、相変わらず俺が一生読まなそうなぶ厚い本を読んでいた。俺が話しかけようとした時長門が顔を上げてこちらを見た。 長門「対処法が見つからない。」 実は俺の耳に耳せんを付けていたため聞き間違えました、というわけはなくそのつぶやきをはっきりと聞いた。 長門「現在の涼宮ハルヒの力が今までより強まっている。おそらくとても興味をそそがれる不思議を発見したから。」 ハルヒの声がうるさくて聞き取りづらかったがこんなところか。 キョン「でなんで対処法がないんだ?眠らせて記憶を消せば」 と言いかけて当たり前のように非現実的な事を話す自分に落胆した。 長門「今彼女は朝比奈みくるの不思議について知りたがっている。それを邪魔する事象を物理的にも精神的にも排除する。」 ということは今のあいつにはとんでも能力が効かないということか? 長門「そう」 ん?じゃあなんで朝比奈さんはすぐに暴露しないんだ。その「排除」は「朝比奈さんの暴露への抵抗」には適用されないのか、と珍しく難しいことを思い付いた。 長門「朝比奈みくるは彼女の信頼下にある。ゆえに傷つけるような行動をしたくないのだと思われる。」 暴れん坊将軍も逃げ出すようなこの光景を見てよく言えるな、とは口には出せない。 おや?見つめつづければ吸い込まれそうな長門の眼に、わずかだが懇願の光が見える。まさかな。 とそこへ古泉がまた近寄ってきた。顔が近いぞ離れろ。 古泉「これは失礼。このまま放っておくと未来人について明らかになるのは間違いないでしょう。」 キョン「一応聞いておくが、ハルヒが秘密を知るとどうなるんだ?」 古泉「自覚のない神が覚醒します。」 キョン「わけわからん。」 AAでも張りたいぐらいだ。30文字以内で答えよ。 長門「AAとは何か知らないが、端的にいえば力の暴走。彼女の中の常識が塗り替えられ、世界が彼女の思うがままになる。」 さすが長門、どこぞのイケメンと違い頼りになる。 しかしそれは厄介だな。そんなことができれば本当に世界がSOS団になってしまう。 長門「あなたの心も操作される。」 キョン「まじめに対策しないとまずいことだな。」 さてとあの闘牛をどうにかしないと。いやフクラミのではないぞ。 長門「そうなれば私とあなたが結ばれない。」ボソ 長門が小さい声でなにかをつぶやいた。もう一度確認したら、なんでもない、と返され読書に戻ってしまった。 まあさほど重要なことではなさそうだから、今は事態の鎮静化をしよう。 ふとハルヒ達の方に目をやると みくる「キャアアア!」 キョン「うおおぅ!」 急に朝比奈さんが俺に抱き着いてきた。とうとう愛の告白を受けてしまったか、と妄想を一瞬だけ広げた。一瞬だぞ。 現実に戻ると朝比奈さんが眼に涙をためて、俺に助けを求めてきたことを察する。とそこへ宇宙人からも危惧される人物が作曲中のベートーベンみたいな顔で近寄ってきた。朝比奈さんはあわてて俺の後ろへ移動して震えていた。うーんかわいらしい。 ハルヒ「キョン!そこをどきなさい!」 キョン「絶対断る」 ハルヒ「じゃあ横に移動しなさい!」 ここでからかってみることにした。いや動かないよりマシだろ。 キョン「わかった。」 ハルヒ「わかればよろしい。」 キョン「ほらよ。」 俺は体の向きを変えずに長門の方に移動した。すると朝比奈さんが一緒に移動した。 ハルヒ「み~く~る~ちゃ~ん!」 そして今度はいらいらした顔でどなった。その後も俺を巻き込んで大声を浴びせ続けた。 みくる「キョンくん」 小さな声が後ろから聞こえた。なんですか朝比奈さん。礼なら後でしてください。 みくる「それもありますけど、違います、テヘ。」 と舌をだしてウインクした。効果は抜群だー! とそこにトビラを開ける音がした。 この部屋内には団員が揃っているはずだ。鶴屋さんかな、しかしそれはそれで困るが。 キイイ そこに見えたのは朝比奈さんである。 俺と目があった直後朝比奈さんは弥生人が生きた恐竜に出会ったみたいな顔をしたまま扉を閉めた。ってなんで朝比奈さんが二人いる? みくる「あの時の私だ」 ん?ということはあなたは未来の朝比奈さん? みくる「正確にはえ~と3日後です。なぜここに来るように言われたかわ知らないんです。」 ではせめてこの後起こることはわかりますよね?ハルヒに生返事をしながら、震える小猫の答えを待った。 みくる「私は掃除当番での仕事で遅れて部室に来たんです。で部室に行く途中で鶴屋さんに会いました。」 あながち俺の予想は外れてなかったんだなぐへぇ。 ハルヒ「キョン!私が大人しい内にどきなさい!」 襟首を引っ張っといてよく言えるな。あっ朝比奈さん、俺の服を引っ張るのは嬉しいですが服が伸びてしまいますよ。 なにやら外が暗くなってきた。あれ天気予報じゃ晴天白日のはずだが。 みくる「あっすいません。で私と鶴屋さんで部室に行ったんです。で最初に私が入ろうとしてすぐに気づいたんです。」 襟首にかかる力がふいに消えたからようやく応答できる。 キョン「朝比奈さんがもう一人いることですね。」 みくる「そうです。で私が二人で図書室に行くよう頼んだんです。鶴屋さんは突然のお願いを承諾してくれました。」 ふと止められる気のない目覚まし時計のようなハルヒの声のベクトルが別のほうに向いてることに気づいた。 ハルヒ「今の会話にあった『キカン』て何よ!怪しいわね、電話の内容的に『機関』て書くんでしょ!教えなさい古泉くん!さもないと」 なんか部室のトビラの前で副団長の権利が云々と話を続けているが、それ以前になぜ古泉が新たな犠牲者に?その解答はすぐ隣の椅子から聞こえた。 長門「古泉一樹はおとりになっている。その間に朝比奈みくるから情報を聞き入れて。」 なるほどな、二人ともありがとよ。では朝比奈さん続けてください。 みくる「えーと図書室に着いた頃に黒い雲が雨を降らしました。夕立みたいな感じです。」 言い終わらぬ内に雨が降ってきた。たしかに夕立だな。 だが俺は言葉に表せられない不安がよぎる。この風景はいつぞやの冬の遭難と似ている。 ふと俺は長門を見た。長門は外の雨、いや雲を見上げている。その眼に僅かな不安を感じたのは多分俺だけだ。 みくる「キョンくん。キョンくん!聞いてますか!?」 キョン「すいません、ぼーっとしてました。」 みくる「もう。しばらく図書室で私たちは勉強してました。でも勉強中に未来から指令がきて、すぐに私は鶴屋さんを連れて部室に戻りました。」 朝比奈さんがぷっくりと頬を膨らませている。急所に当たったー!効果は抜群だー! ショックで廃人になりかけた俺に長門が手を引いてきた。両手に花だぜ。 長門「情報統合思念体にアクセスできない。」 キョン「なんだと。」 長門は冗談を言わない奴だ。とすればまさか今の状況は。 長門「冬の遭難時と似ている。私や涼宮ハルヒ、朝比奈みくるは能力を使用できない。」 さっきの予感はこれか。しかも学校でかよ。下手すりゃ一般人に被害が出るじゃねえか。 俺が打開策を考えようとしたところで後ろから猪が襲ってきた。 ハルヒ「なーにみくるちゃんや有希を誘惑してんのよバカキョン!離れなさい!」 いきなり横に突き飛ばすな。ベクトルを操作する力の開発なんて受けてない俺は倒されるがままに朝比奈さんの体に俯せで倒れた。 いてて大丈夫ですか朝比奈さん。て何顔を赤くしてるんです?俺は倒れる直前に手を床の方に突き出して覆いかぶさらないようにしましたよ?ん、なんで床がこんなに柔らかいんだ?・・・て キョン「柔らかい!?ゲフッ!」 あれーおれいまはらをけられたきがするぞ。しかもあさひなさんに。 ハルヒ「いい加減にしなさい!」 キョン「事故だ!過失だ!冤罪だ!」 ハルヒ「過失でも立派な犯罪じゃない!」 それもそうだ。とりあえずハルヒ裁判官に無罪を説得するために腰を上げると そこは部室じゃなかった。山の頂上付近の石をご想像してもらえるとありがたい。妙にゴツイ石や岩が辺りに広がっている。CGではない、その証拠に石を持ち上げてみたが重い。 一瞬で風景が変わっている。WHY? まあ唯一の救いは団員が全員すぐ近くにいることだ。朝比奈さんは倒れたまま、てか気絶してないか? にしてもここはどこだ?いつぞやのかまどうまの時と似ている気がするが。 長門「そう」 いつも通りの長門の反応にほっとした時、ガンッと言う音がすぐ後ろの方で聞こえた。俺は地面から物理法則を無視した物体が湧いてきたか、と考えながら振り返ると そこに赤い装飾をまとった大きめの石を両手で持っている古泉がいた。そしてそのすぐ下の床に倒れているハルヒ。 キョン「古泉!!」 俺は我を忘れて古泉の胸倉を掴み押し倒した。馬乗りになり、奴の顔を殴り飛ばそうとしたところで誰かに腕をつかまれた。顔を上げるとそこには長門がいた。 長門「彼の行動は正しい。」 キョン「友達を石で殴ることが正しいのかよ!」 長門「聞いて。」 長門の眼にほんのわずかだが水の膜ができている。そんな目をしないでくれ。俺は長門の言うことを聞くことにした。 長門「まず涼宮ハルヒに超現象を知覚されてはいけない。これは彼女が認識し興味を持たれてはいけないことを示す。」 つまりこの空間を記憶に残される前に気を失わせる必要があったんだな。 長門「私は古泉一樹に涼宮ハルヒを殴り気絶させるよう指示した。古泉一樹は最初拒絶したが、私の考えを理解したと思われる。指示通りに動いた。」 そうなのか。だが同時に俺は聞かなければならないことができた。 長門「私という個体は、あなたに彼を恨んでほしくないと願う。」 承知した。だがな長門 キョン「石で殴るというのは理解できん。俺たちは部員で友達だ。それに他の二人はともかく長門は人間にはできないことをするのは簡単だろ。」 なんで宇宙的マジックで傷つけずに気を失わせなかった、と言いかけて俺は思い出した。長門は言っていた、冬の遭難の時と似ていると。 長門「私や涼宮ハルヒの能力は今失われている。彼女をおとなしくするには絶好の機会だった。だが同時に穏便な方法で処理できなかった。」 事情は察した。だがこれだけは確認させてくれ。おまえはハルヒを傷つけるのになにも感じなかったか? 俺は立ち上がって長門の顔を凝視した。長門は俺の眼を10秒見つめた後ハルヒの方を向き、電波話以外では滅多に動かない口でたった6文字をつぶやいた。 「ごめんなさい」 俺は長門の両肩に手を置いた。俺の中を安堵と喜びが走り回った。なぜか?長門が人間らしい感情を少しずつだが着実に持ち始めていることに決まっているじゃないか。 長門の顔を見た。若干驚きの顔をしていたが嫌そうな顔をしていなかった。 みくる「ふぁぁ。皆さんおはようございます。」 俺は瞬間的に長門から離れた、いやまた何か誤解を受けるのは嫌だからな。やあ朝比奈さんおはようございます。 みくる「あわわわわ!てなんですか、ここどこですか~!?」 ブーン ずいぶん懐かしいセリフを聞いたが、今はこの状況を打破する方法を考えなければならない。 ブーン 古泉「ようやく落ち着いてもらえたようですね。押し倒された時別の意味で興奮しましたがそれはともかく、いやいやすいません。」 キョン「おまえに謝られてもちっともさっぱり全然お世辞にしか聞こえない、不思議!」 古泉「今のは聞こえなかったことにしておきましょう。とりあえず状況を整理しましょう」 みくる「ひゃあ!涼宮さんが倒れてる!キョンくんキョンく~ん!」 古泉「ここでは異能力を使えない。この空間の創造主は少なくとも涼宮さんではない。なぜなら彼女の意志で作られたのなら、気絶前と気絶後で何かしらの変化が」 みくる「キョンくん!古泉くん!長門さん!」 俺たちは見事にスルースキルを発動しつつ、古泉の話を聞いていた。 ブーン さっきから遠くで聞こえる虫の音がしつこいなあ。 古泉「あなたが僕にうっとおしそうな顔をするのは珍しいですね。どうしたんですか?」 いや珍しいことではないだろ。だが今は違う。 キョン「さっきから虫の音がうるさいんだよ。殺虫剤カモーン。」 古泉「それは変ですね。この空間には人間以外入れないはずですが。」 みくる「なんで皆さん無視するんですか~!私の言うこと聞かないとミンチにしてやりますよ~」 古泉「長門さんは虫の音が聞こえましたか?」 長門「聞こえない。だが向こうに」 みくる「私泣きますよー!」 古泉「聞こえませんか、僕もです。」 キョン「待て長門。今なんて言った?」 長門「聞こえない、と言った。」 違う、そのあとだ。よく聞こえなかった。 長門「向こうに何かいる。」 俺たちは長門の見ている方向を凝視した。そこには 「ブーンブーンブーン」 擬音語を言葉にしたような音を出す、どこかで見た気がするAAが空を飛んでいた。 あれはなんだ、敵か? 古泉「どうもそのようですね。そして同時に倒さなければならないでしょう。」 キョン「だがどうやって倒すんだ?」 ブーンという声が突然大きくなってくるとともにそいつも大きくなってきた。つまり キョン「接近してきてる。みんな逃げろ!」 俺たちはあてもなく走った、俺は倒れているハルヒをおんぶしながら。意識のない人間は重いと聞いたことがあるが、ハルヒは軽かった。 AA「時間の果てまでブーン!」 よくわからないことを叫んだかと思ったら、奴はいつのまにか俺たちの頭上10mにいた。 奴の大きさはこの距離で一般男性の平均身長ぐらいはありそうだ。 長門「あれは生物ではない。」 なぜそんなことがわかる? 長門「今までの経験と言語化できない決定」 無理矢理訳すと『女の勘』ということか。だが生物でないならなんだ。 長門「わからない」 古泉「僕の方にも質問してくださいよ、のけものみたいじゃないですか。」 空気と化した朝比奈さんよりはマシだろうよ。セリフがあるのとセリフすらないのはかなり違うぞ。 古泉「思うに長門さん、あれはゲームの敵と同じようなものではないでしょうか。あれに殺意を感じません。」 キョン「なるほどな。だとするとプログラムに従って動いてるんだな。」 となるとプログラマーがいることになる。だが疑問がある。 キョン「なんでこんなことをするんだ?危害を加えたいならさっさと攻撃すればいいのに。」 古泉「僕にもわかりません。」 言い忘れたが、話している間も俺たちは常に奴の動きを見ている。て誰に言ってんだ俺。 ん?なんかさっきよりも奴が近づいてないか? 古泉「このまま待機してても拉致があきません。少し刺激を与えましょう。」 と言いながら古泉は大きめの石を拾い奴に石を投げ付けたが、奴はその石から逃げるように体を曲げた。そして落下してくる石は俺の眼の前でだんだん大きく キョン「あぶね!古泉気をつけろ!」 長門「彼に石をあてないでもらいたい。」 古泉「すいません二人とも。」 古泉は観音様にお願いするかのように謝罪した。あとで缶コーヒーをおごれ。 古泉「いやです。ですがわかったことがあります。あれは石をあてられたくないようです。みんなで石をあてましょう。」 ほういい度胸してんな、あとで覚えてろ。とりあえず古泉の提案に生返事して、奴に石を当てることにした。 ――あれからおよそ30分―― 結論からいうと、全然当たらない。 長門「あれとの距離はおよそ8m。当たらない距離ではない。」 古泉「ですが当たりません。困ったものです。」 キョン「どっか高台はないのか」 古泉「辺りを見ればわかりますがそんなところはありません。」 おまえはいつでもスマイルだな、奴もそうだが。 古泉「一度あれと話してみたいです。」 長門「あれは生物ではないから有機生命体の言語を理解できるか困難。」 長門、冗談と本気を区別できるようになったら人間として完璧だから頑張れ。 長門「そう。」 俺達は休憩することにした。だがハルヒでないほうの神は俺たちをいじめたいらしい。俺の顔の右5cmを何かが火花を散らしながら正面から通過した。その直後にパーンなんて音がした。まるで花火のような キョン「朝比奈さん!なにやってんですか!?」 気づけば正面約十mの位置で朝比奈さんは鬼のような形相をしていた。しかもロケット花火をセットしていた、オレタチニムケテ。 みくる「ひどいですみんな。私が見えてないかのようにふるまって。グスッ」 キョン「朝比奈さん!別に無視してたわけではないんです!」 古泉「そうですよ。僕たちは空気を見てるんですから。」 キョン「バカヤロウ!んなこと言ったら」 みくる「私なんてどーせ役立たずで雑用係のロリロリメイドでしかないんだ、うわーん!」 朝比奈さんは泣きながら俺たちに向けてロケット花火を打ち続けた。ていうかどこに花火を持ってたんだ?それ以前になぜもっている?。 俺たちはとにかく逃げ回った。朝比奈さんはようしゃなく打ち続けている。 とにかく花火をなんとかしなくては、と考えた時ふと打倒朝比奈さん策を思い付いた。それは石を花火に投げつけ、ひるんだところで朝比奈さんを止める。完璧だろ。 俺は足元に落ちてる石を発射前の花火に向かって投げた。石は花火に当たると、上の方をむいて転んだ。朝比奈さんが方向を直そうと花火に近づいたとき、花火は無意味な方向へ発射された。 古泉「よくやってくれましたキョンくん。」 ん?なんのことだ?今から俺は朝比奈さんを止めに入るのだが。 古泉「えっ、まさか偶然だとは思いませんでした。感服です。」 なんだ、と思い上空を見た、いや正確には地面から8m上の空間を見た。 例の奴が赤く点滅していた。その後粉々に砕けて消えた。そういうことか、俺SUGEEEEEE! 長門「空間が壊れ始めている。この空間から脱出する。」 キョン「力は戻ったのか?」 長門は無言でうなずいた、口の両端をナノ単位で上に向けながら。 長門「今回はあなたのおかげ。私の見込んだ通りの人。」 キョン「俺はそんなすごい人じゃないぞ」 長門「・・・・大好き」 キョン「えっ・・・・」 古泉「とりあえず脱出しましょう。長門さんお願いします。」 長門「・・・KY。わかった。」 なんだこのとてつもなく不安な感じは。なにか重要な問題を忘れたような。まあ気のせいだろ。 長門「△*■Μэ⑲㏄∑¥∴」 キョン「なあ古泉。さっきから聞こえる爆音はなんだ?」 古泉「この付近で火山でも噴火してるのでしょう。」 長門「∂◎#@キョン・古泉・ハルヒ・長門・朝比奈」 朝比奈さん?あっ キョン「長門!ストップ!」 遅かった。俺たちは部室に戻っていた。ハルヒ・長門・古泉・俺は部室の机に隠れるように帰還、朝比奈さんは・・・ 俺は朝比奈さんを止めようとしたがもう遅い。朝比奈さんがセットした花火はいきよいよく放たれ、部室の窓を破っていった。 ――その後――――― ハルヒ「キョン、今日あたし何してた?」 あの後長門が朝比奈さんを眠らせ、情報操作を行った。 ガラスは割れなかったことにし、ハルヒは部室の机でうたた寝していたことにした。 ハルヒの傷も治した。未来の朝比奈さんは時間転移でどこかに行った。なにしに来たんだろう。 部室から出た直後に、今回の事をほとんど知らない朝比奈さんに会った。で今団員全員で帰路についてるわけだ。夕焼けがきれいだな。 キョン「椅子にもたれてグースカ寝てたじゃないか」 ハルヒ「あーもー一生の不覚よ!キョン、今日は夜も部活するわよ!」 冗談じゃない。俺にも休息をだな。 古泉「いいんじゃないですか?このまま放置したら閉鎖空間が発生してしまいます。」 キョン「だまれイエスマン。今日は疲れたんだ。」 ハルヒ「なんで疲れてるのか知らないけどわかったわよ。ところでさ。」 ん、珍しく声を小さくしてどうした?愛の告白なら喜んで受け入れるぞ。 ハルヒ「バカキョン!そんなんじゃないわ!私の頭に傷はない?」 キョン「別にないが。」 顔が真っ赤だぞ、とは言わなかった。 ハルヒ「・・・・・・そうよね、夢よね。」ボソッ キョン「なんか言ったか?」 ハルヒ「別に。」 さてお別れの交差点に入ったので俺たちは解散した。今日は朝比奈さんの黒い部分が見えたからよし。だがそれよりももっと印象に残ったのが 「・・・・大好き」 自分の顔が熱をおびるのがよくわかった。 俺は家に着くとまず顔を洗った。俺が夕飯を待ちわびるべく部屋に戻ったところで、妹が電話の子機を持って追いかけてきた。 キョン「誰からだ?」 妹「長門さーん」 キョン「・・・そうか」 妹「キョンくん顔赤いよーどうしたのー」 俺は妹を部屋の外へ放り投げたのち子機を耳にあてた。 キョン「長門か?」 長門「・・・そう。今から私の家へ来てもらいたい。あなたに今回の事件で聞いてもらいたいことがある。では。」 電話が切れた。さて健全な男子学生ならどう反応したらいいのかね。告白(?)された後に家に呼びだされるという状況に。 ―――数十分後――― 俺は長門の家の前に着いた。恐る恐るインターホンに指を乗せた。家に呼び出されたのはあくまであの件について聞くためだ、俺は自分にそう言い聞かせながらインターホンを押した。 「おーともなーいせかーいにーまーいお」 呼び鈴なのだろう、歌が途切れると長門の声が 「やあこんばんは。2時間ぶりですかね。」 なんで古泉がいるんだ。俺は安堵と残念感を同時に味わいつつ キョン「そう」 と無口な宇宙人のまね事で答えた。 古泉「おそらく僕とあなたの用件は同じはずです。鍵は空いてます、入ってください。」 キョン「なんで開けっ放しなんだよ。」 インターホンが沈黙したのだろう、返答はなかった。 俺はとりあえず中に入って長門達の下へ歩いた。 長門は俺を見ると顔を俯かせた。 長門「座った。」 古泉「長門さん、『座って』ですよ。」 長門「間違えただけ。」 長門は緊張してるのだろうか?珍しい。 俺達3人がONLY ONEインザハウスな机を挟んで腰を下ろすと長門が口を開いた。 長門「今から話すことは情報統合思念体の調査結果である。情報の伝達に齟齬が発生するかもしれない、実際コミュニケーションとは」 キョン「あー長門。知識豊富なのはよくわかってるから今回の事件について教えてくれ。」 長門「そう。キョンが言うなら。」 えっ?長門が俺のことをあだ名で読んだだと。 古泉「顔が赤いですよ?とうとう僕のあなたへの愛に気づいてもらえましたか。」 キョン「断じてそれはないしそっちの趣味も一切さっぱりからっきしないぞ。」 長門「二人とも聞いて。」 長門は全て話した。まずあの空間と物体の作成者は、冬の遭難時の犯人と同じだそうだ。 動機はまさにヒトラーが民主主義を唱えるかのようなものだった。 長門「彼らの目的はない。動機は『退屈』だったから。ただ彼らの言いたいことを我々は完全に解析できていないからなんともいえない。」 前回はハローの代わりに吹雪を降らしてきた。今度は退屈しのぎに数人を異空間射撃ゲームかよ。何考えてんだかさっぱりわからん。 そして朝比奈さんがなぜ未来から来たのか。どうも未来の一組織が情報統合思念体の急進派と手を組んでいたらしい。 長門「涼宮ハルヒにあえて未来人を認識させることで、どのような変化が表れるかを調べていた。朝比奈みくるはその組織に騙されていた。ちなみに今は急進派及びその組織は厳正な処分を下されている。」 朝比奈さんが図書室でされた指令は、急進派が捕まった後正規の組織が指示したもののようだ。 ん?だが疑問が残る。その疑問を代弁するかのように超能力者は言った。 古泉「未来人や急進派はあの頭の愉快な思念体の行動を知らなかったのでしょうか?彼らの目的は彼女の変化の観察ですよね?邪魔が入るとわかってたら計画自体に意味がありません。」 長門「それについては情報統合思念体も困惑している。もしかしたら彼らは未来人にすら認知されない行動力を持っているのかもしれない。」 奴らがその思念体と手を組んで空間に閉じ込められた状況を観察した、という可能性はないのか? 長門「ありえない。あれと会話することも困難であるのに、計画を立てることは不可能。」 キョン「あまりに馬鹿にされる思念体に全俺が泣いた。」 長門「あなたは一人しか・・・ジョーク?」 キョン「よく気づいた。」 ――――その後―――― 古泉「では用も済みました。僕はこれで失礼します。」 古泉は帰った。長門の告白は気になるが俺も帰ることに 長門「・・・・」 帰ろうした俺の腕の裾に小さな力がかかった。振り向くとそこにはハムスターをつまみあげるように裾をつかむ長門が俺の目をじっと見つめていた。そして長門の顔が少し赤い。 俺たちは時間の経つのを忘れたかのように見つめ合った。顔に熱を感じる。ああ今なら認めるぜ、今まで自分の心から逃げてきたからな。 キョン「・・長門。」 長門「・・・有希と呼んで欲しい」 キョン「・・・有・・希」 長門「・・・キョン」 俺はいつのまにか長門を抱きしめていた。長門も俺の腰に腕をまいていた。 おっ長門、いや有希の胸から鼓動をはっきり感じた。こいつは宇宙人なんかじゃない。それに俺は言った、冗談と本気を区別できたら完璧だと。 「おまえは人間と変わらない、いや人間なんだ。」 「・・・異能力をもってるけど、いいの?」 「この世界では当たり前なんだ。気にするな。」 「・・・そう。」 「そうだ。おまえは人間で、俺の『彼女』になるんだ。」 「・・・・なら二つだけ約束して欲しい。」 「なんだ?俺にできることならいいぞ。」 「あなたにしかできない。まず私のことを呼ぶ時『おまえ』ではなく『有希』と呼んで。」 「ああ。」 「もうひとつは・・・私の事を支えて欲しい、いつまでも。」 「もちろんだ!じゃあ俺からも一つ。いつまでも俺を支えてくれ、有希。」 「・・もちろん。」 「有希。大好きだ。」 俺たちは口づけを交わした。 あの後俺はすぐに家に帰った。お互いに何を話せばいいかわからなくなったからだ。今となっては名残惜しい。 ―――次の日―――― 放課後俺たち団員は1+1=2というぐらい当たり前のように部室に集まった。 俺は古泉とスピードをし、朝比奈さんはなぜかナースになっていた。ハルヒいわく、風通しがいいのだそうだ。実際そうらしいので特に異論はなかった。無口な少女はいつものぶ厚い本ではなく、俺でも読めるレベルの恋愛小説を読んでいた。ハルヒ?あいつはいつもの通りだ。 ハルヒ「なんか昨日から変なことを考えるのよね。」 今日ハルヒの様子はずっと変だった。何か考え事をしていたのだ。なんだ、今度は危ない水着を朝比奈さんに着せるつもりか?「風通しがいいのよ」とか言って。 ハルヒ「させたいけど違うわよ!なんか古泉くんに石で殴られた、てのを考えちゃうのよ。まさかそんなことあるわけないとはわかってるんだけど。」 みくる「えっ・・・」 古泉「僕がそんな恐れ多いことをするわけないじゃぎゃッ!」 古泉よ、慌てすぎで舌噛むなんて入れ歯を装備したライオンより滑稽だぞ。 ハルヒ「てなわけで古泉くん。悪いんだけど今日だけ副団長の活動停止を行うわ。帰って。明日からはいつも通りのあたしになるから。」 古泉「・・・わかりました。ではみなさんまた明日お会いしましょう。」 そういやあいつに落とし前をつけるのを忘れていた。明日にしよう。 さて古泉が帰ったから朝比奈さんでも誘ってトランプでも ハルヒ「ちょうどいいわ、キョン!ここらへんではっきりしてもらいましょうか!」 キョン「なにをだ」 ハルヒ「なにって・・その・・・あんたが誰を好きなのかを・・」 そんなことか。見れば朝比奈さんや読者中の少女も俺を見ている。ハルヒには悪いが速答させてもらう。 「俺は有希の彼氏だ。」 ―――完―――
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ハルヒ「東中出身涼宮ハルヒ、この中に魔術師、呪術師がいたら私の所に来なさい!以上」 これが俺と涼宮ハルヒとの出会いであり、俺が魔術に翻弄される事になったきっかけである 涼宮ハルヒは手品師だ、休み時間は教室にはいないが朝のホームルームが始まるまでのちょっとした時間で、まるで魔術のような手品を披露する 確かにどれもすごいのだが、どうも物足りない気がするのは俺だけらしい 中学から涼宮ハルヒと同じクラスの谷口曰く 谷口「気のせい気のせい、あいつの手品は一級品だぜ。プロからも誘いを受けてるらしいぜ」だそうだ まぁ確かにすごい、それは認めよう。だが俺一人がつまらなさそうにしていたのが気に入らない涼宮ハルヒは俺に話し掛けてきた ハルヒ「あんた、あたしの手品じゃ満足できないみたいね」 キョン「あぁ」 ハルヒ「本気で言ってんの?」 キョン「確かに技術はそうとうなもんだが、何かが物足りないのだから仕方ない」 ハルヒ「何かって何よ」 キョン「俺が知るわけないだろ」 ハルヒ「……っ!」 国木田「相変わらずだねキョン」 キョン「何がだ?」 国木田「そのいつも物足りなさそうな目だよ、やっぱりキョンを満足させられるのは彼女だけだね」 キョン「あいつのを見たらどんな手品も物足りないさ、あいつのは本物の魔術だからな」 そうだ、あいつの親友の手品だけが俺の心に火を灯してくれる 親友曰く、魔導書とやらと契約すれば誰にでもできるらしい 実の所魔導書は俺も持っている、かの死霊秘宝の写本だ。親友に相談したところ俺にはあっていないらしい。 さらに力ある魔導書は必ずしも書の姿をしてるとは限らないとも そんなこんなで1ヶ月が過ぎ涼宮ハルヒは俺を満足させるのに躍起になっていた すでにこの学校では俺以外の奴は涼宮ハルヒの手品を認めたようである そしてついこんなことを言ってしまったのだ キョン「一人で駄目なら他の奴の力を借りたらどうだ?」と するとどうだ、部活を作るとか言い出しやがった。やれやれ、勝手にしろと言いたかったのだが、休み時間に連行されて新クラブ作りを手伝わされるハメになったわけだ ハルヒ「あんたにあたしを認めさせるためのクラブだから協力しなさい」だと で放課後、俺が連行された先は文芸部だった 文芸部、部員1名で廃部寸前の部だった ハルヒ「ここがあたしを認めるまであんたを閉じ込めておく部室よ」 キョン「やれやれ、勘弁してくれ。あぁええっと部長さん?」 長門「長門有希」 キョン「あぁ長門さんとやら、こいつがここを新クラブの部室にするだとか俺を閉じ込めておくだとか言ってるがいいのか?」 長門「構わない」 キョン「追い出されるかもしれんぞ?」 長門「いい」 キョン「……」 ハルヒ「ほらこの子もいいって言ってるんだから。あんたは雑用係兼たった一人の観客よ」 キョン「はぁ仕方ない、わかった。だがこれ以上協力せ…ハルヒ「じゃあ明日の放課後までに手品ができるようにしといてね」……聞く耳を持たないか……」 とまぁ俺に有無を言わさず協力させられるハメに…… 明日の昼休みでいいか 翌日の昼休み、考えてきたレイアウトで部室を整理する。長門は昨日と同じ場所で本を読んでいた キョン「これでよしっと」 長門「……」 長門が無言でこっちを見ている キョン「どうした?」 長門「……何も」 気になる視線だったがまぁいいだろう 放課後 涼宮ハルヒは協力者と称して女子を一人連行してきた。その女子は2年で先輩だ、名前は朝比奈みくるさん みくる「ふぇぇぇ、何ですかここ。何で私連れて来られたんですかぁ」 ハルヒ「みくるちゃん、あんたはあいつを満足させるために連れてこられたの。これからは毎日ここに来なさい」 みくる「そんなぁ、私書道部に入ってるんですよぉ」 ハルヒ「じゃあそこ辞めて」 みくる「えぇぇぇ」 キョン「おい涼宮、それは無茶苦茶だ!」 ハルヒ「あんたのためにやってるんだから黙ってなさい」 長門「……」 みくる「あっ……そっかこれがこの時間平面の……わかりました、書道部は辞めて毎日ここに来ます」 ハルヒ「じゃあ決まりね!キョン、これじゃあ手品できないからやり直しね!」キョン「なん……だと!?」 はぁ、やれやれどうなってしまうんだ……俺の高校生活よ…… 次の日も俺は部室のレイアウトの変更をする 気のせいだろうか、バニー服がかけられているのだが…… 長門「……これ」 キョン「ん?」 長門「……読んで……貸すから」 キョン「……あぁわかった」 長門「……」 なんだろうか、この本どうも不気味だ。しかし俺は似た気配を知っている、そう死霊秘宝の写本に似ているんだ 読まない方が身のためだな そして1週間が経った 毎日毎日ダメ出しばかりで部室の模様替えに飽きてきたころだ 長門「……読んだ?」 キョン「何を?」 長門「……本」 キョン「あぁスマン、まだだ」 長門「……今日読んで」 キョン「わかった、読んでみるよ」 キョン「そんなにいいものかね、こんな不気味な本」と呟きながら、パラパラとページをめくると栞が挟んであった 午後7時光陽公園にて待つ まさか! キョン「すまん待ったか?」 長門「別に」 そして俺は長門邸へと招かれた 招かれたのはいいがどんな話しがあるのだろうか ……しかし殺風景な部屋だな、リビングの家具はコタツだけでカーテンすらない 座って待っていると長門がお茶を煎れてくれた。ズズッ……まぁまぁウマイ キョン「それで何の用だ?」 長門「……涼宮ハルヒのこと、そして私のこと」 キョン「……」 長門「上手く言語化できない、情報にソゴが発生するかもしれない」 キョン「聞いてみないとわからない」 長門「……わかった。まず涼宮ハルヒと私は普通の人間ではない」 キョン「そりゃ普通じゃないだろ」 長門「性格が普遍的という意味ではなく、言葉通りの意味。私はあなた達の言葉を借りて言うなら精霊という事になる」 キョン「……(何か電波話しをおっぱじめやがった)」 長門「私はこの宇宙が創世されたころに書かれた宇宙の書と呼ばれる本の複製。」 キョン「その話しが本当だとして何故人間の姿をしている」 長門「私のような力ある魔導書は必ずしも書と言う形を取る必要性がない」 キョン「わかったよ、で涼宮のほうは(これ以上付き合いきれん)」 長門「3年前この辺境の惑星で大きな情報爆発が起こった。それを感知した宇宙の書はこの惑星の調査を始めた。そして一つわかった事がある」 キョン「……」 長門「この情報爆発の中心に涼宮ハルヒがいた…… そして私は涼宮ハルヒを調査するため作られた写本の一つ」 キョン「信じられんな」 長門「……信じて」 キョン「聞かせてくれ、仮にお前が魔導書だったとしてもう誰かと契約したのか?それと何故俺ではなく涼宮に話さない」 長門「……私は誰とも契約していない。涼宮ハルヒに話すのは危険であると宇宙の書は判断した」 キョン「では何故俺なんだ?」 長門「涼宮ハルヒがあなたを選んだから」 キョン「なぜ?」 長門「あなたが涼宮ハルヒを認めなかったから」 キョン「つまらんもんはつまらんのだから仕方ないだろ」 長門「……」 キョン「そうかい……スマンが今日のところは帰って少し考えさせてくれ」 長門「わかった」 確か親友も言っていたな、魔導書は必ずしも本という形を取っているとは限らないと しかもある程度魔術の事を知れば知っていて当たり前らしい という事は、仮に長門が魔導書でなくとも涼宮が望んだ魔術師か呪術師になるわけだ そしてこの事を話すのは何か危険であるとあいつの親玉は判断したらしい やれやれ、まぁいいかとりあえず今日はもう寝よう 翌日、涼宮が転校生がどうのと騒ぎ始めた まぁ確かにこの時期に転校ってのも珍しいが、騒ぐほどのことかと で、放課後その転校生とやらを部室に連れてきた その転校生は古泉一樹と名乗った、無論俺が本名で名乗ろうと思ったら涼宮に邪魔された事は言うまでもない 長門「……」 みくる「あっ……」 古泉「なるほど、これは素晴らしいですね。さすが涼宮さんです」 ハルヒ「さぁこれでメンバーが揃ったわね」 キョン「どういう事だ」 ハルヒ「遅くなったけど、我がクラブの名前を発表します!」 S ekaiwotezinade O oinimoriageru S uzumiyaharuhino 団 略してSOS団、活動目的魔術師、呪術師を探して一緒に遊び、技術を高め合う という事らしい、おい俺にお前を認めさせるという目的はどこにいった…… こうして結成されたSOS団その初めての週末、涼宮ハルヒはインスピレーションを高めるため市内散策をすると言い出した 当日待ち合わせ15分前に着いたのに全員揃ってて罰金刑を宣告された 今日1日喫茶店での支払いは全部俺持ちだ……まったくやってられん 午前と午後くじ引きで二手に分かれる事になった、何でも新しい手品を思いついたり不思議な事を探すんだと、ただの市内散策と思ってたのに……。 午前の組み合わせが涼宮、長門、古泉の3人。俺、朝比奈さんの2人だ なるほどこんないい事が待ち受けていたのか、なら喫茶店の奢りも安いものだ こんな市内散策真面目にやるのもアレなので、気分転換に河川敷に行くことにした。しかしここでも電波話を聞かされるとは思いもしなかった みくる「キョンくんお話しがあります!」 キョン「……何でしょう」 みくる「……」 キョン「……」 1時間くらい経っただろうか、朝比奈さんはその重い口を開き始めた みくる「私この時代の人間じゃないんです、うぅん人間というのも違う。私は様々な時間を旅する本なんです!」 宇宙の次は時間ですか……、この手の話はもう腹一杯なんだが みくる「私は時間の書という魔導書の写本なんです」 キョン「何で俺にそんな事を話すんです?それにその姿で人間じゃないと言われても信用できませんよ」 みくる「……禁則事項です、この姿でいられるのは私が力を持った魔導書だからです」 キョン「では何のためにこの時代に?」 みくる「この時間から3年前、大きな時空振動が観測されたの。その中心にいたのが」 キョン「涼宮ハルヒですか?」 みくる「どうしてわかったんですか!?」 キョン「先日似たような話しを聞きましてね」 みくる「そうですか。続けますね。調査に来て私達は驚いた、力ある契約者がいない私達ではどうやっても3年前から過去に行く事ができなくなったの」 その後俺はいくつか朝比奈さんに質問したが、契約者はいるのか?という質問以外すべて禁則事項だった そして朝比奈さんはこの時代の契約者を探しているのだと言う あぁ頭が痛い、この自称魔導書の精霊とやらと契約することがない事を祈る その後涼宮からの呼び出しで一旦集合する事になった、やれやれまだ時間じゃないってのにせっかちだねまったく ハルヒ「何か収穫は?」 キョン「何も」 ハルヒ「……まぁいいわ、そんな簡単にいったらつまんないからね」 午後の組み合わせ、涼宮、朝比奈さん、古泉の3人 俺、長門の2人だ 二手に分かれた後長門に少しは信じても良いと伝えた やることも無いので、図書館へ行き暇をつぶすことにする。道中長門から契約者を探しているという話しを聞いた だから何故俺にそんな話しをする、そんなに俺をそっちの世界へ引きずり込みたいか!! 集合時間30分前、長門は床に根を生やしたように動かない!必死に説得し貸出カードを作ってやって図書館を出た 勿論、出たのは集合時間ちょうどだ、一回だけ涼宮からの電話に出て俺たちは集合場所へと急いだ 涼宮に特に何も無かったと報告し解散、別れ際に朝比奈さんから みくる「今日は話しを聞いてくれてありがとう」 とお礼を言われた さて俺も帰るとするか、気分転換に死霊秘宝写本でも読んでいよう。宇宙の書だとか時間の書だとかワケがわからん まっ一度整理するかやれやれだ、まったくやれやれだ 週明け月曜日の放課後 もしもだもし俺の予想が当たっていれば古泉は…… キョン「古泉、お前も俺に話しがあるんじゃないのか?」 古泉「お前もと言うからには他の二人からも既にアプローチを受けているようですね」 キョン「単刀直入に聞く、お前は何の写本だ?」 古泉「と言いますと?」 キョン「他の二人はそれぞれ宇宙の書、時間の書という魔導書の写本と俺に言った」 古泉「だから僕も魔導書ではないか、そう思ったわけですか」 キョン「違うのか?」 古泉「いいえ、あっていますよ。ただ今は超能力の書と言う事でお願いします。何の書かはまたいずれ」 キョン「で、お前は涼宮を何だと思ってる?」 古泉「涼宮ハルヒは、我々のような特殊な魔導書の母ですよ」 キョン「どういうことだ?」 古泉「3年前、僕達は突如生み出された。手品、マジックを超えた魔術を行使する力としてね」 キョン「……」 古泉「ですが涼宮ハルヒに我々は選ばれなかった」 キョン「何故だ」 古泉「簡単です、涼宮ハルヒは既に自身の専用魔導書を生み出し契約していたのですよ」 キョン「はぁ?どういうことだ、あいつは魔導書なんか持ってないぞ」 古泉「あなたも分かっているはずです、力ある魔導書は書と言う形を取る必要性がないことを」 キョン「じゃああいつの魔導書はどこにある」 古泉「深層意識です、この話しもまた改めてする機会もあるでしょう。他に何かありますか?」 キョン「あいつの魔導書の力はなんだ?」 古泉「世界改変です」 キョン「世界改変?」 古泉「そうです、他にも人を楽しませる力もあります。ですがただ一人魔術の効果が無い事がわかりました」 キョン「それは誰だ?」 古泉「分かってて聞いているのか判断に迷いますがあなたですよ」 キョン「なんで俺なんだ?」 古泉「それはこちらが聞きたいくらいです」 キョン「そうかい、じゃあ世界改変のほうは?」 古泉「それもまた後日という事でお願いします」 キョン「わかったよ、一つ聞いていいか?」 古泉「何でしょう」 キョン「契約ってどうやるんだ?」 古泉「んっふ、接吻です」 キョン「……」 俺はこの時全力で思った!こいつとだけは契約したくないと!! 次の日一通の呼び出しの手紙を受け取った 放課後教室で の一言だけだったが女の字であることはわかった 放課後教室にきてみると以外な人物がいた、クラス委員長の朝倉涼子だ。 上がどうたら涼宮がどうたら言いだし、俺を殺して出方を見るとか物騒な事を言い出した 俺の取る行動は一つ!逃げる!!と思い出入口の方に振り向いた刹那風景が変わった 壁は一面鉄の壁になり、出入口も消えていた。机や椅子を投げるなど抵抗を試みるがダメだ、何かの障壁に阻まれ朝倉に届かない 朝倉のナイフを2回3回となんとか躱していたが、終わりは唐突に訪れた そう動きを封じられたのだ、そして俺は人生を振り返り覚悟を決めたその時 鉄の壁に亀裂がはいった、否厳密には壁ではない空間に亀裂が入った。その亀裂から現れたのは長門だった 俺を殺そうと突進してくる朝倉の前に立ちはだかりそのナイフを掴み朝倉の動きを止めた 長門「一つ一つの術式が甘い、だから私に気付かれる、侵入を許す」 朝倉「もう見付かったんだ、結構苦労して作ったのに残念」 長門「あなたは私のバックアップ、単独行動は許可されていない」 朝倉「バックアップねぇ、契約者のいないあなたに言われても良くわからないな」 長門「……宇宙の書・副題朝倉涼子を敵性と判定、魔術情報連結の解除を申請する」 朝倉「無駄よ、いくらあなたでも今の私には勝てないわ」 長門「……# %=@\*###」 朝倉「……#! ; =% @」 キョン「おい長門これは一体!」 長門「動かないであなたは私が守る」 朝倉「契約者がいないままでいつまで持つかな」 長門「……」 どうみても長門が不利だろ、朝倉は攻撃に集中できるが長門は俺の前で障壁を作り防御するだけで精一杯だ 朝倉「これで止めね」 長門「……!」 ……やっぱり俺の命もここまでか…… 長門「○○○○、宇宙の書・副題長門有希は汝と契約する」 キョン「うむっ!」 あぁ接吻だこれは間違いなく接吻だ、てことは何か?俺は長門と契約したってことか……はぁもうどうにでもなれ 朝倉「そんな!こんな人間を主にするなんて!え?なに私の空間が……、そっか入って来る前に交換因子を……」 長門「あなたは優秀、だからここに来るのに手間取った」 朝倉「あ~ぁ、もう少しだったのに残念。よかったわね延命出来て、涼宮さんとお幸せに」 キョン「長門、説明してくれるんだろうな」 長門「問題ない、契約は正確に執り行われた」 キョン「そういう問題じゃないんむっ!」 ガラッ 谷口「ういーす、WAWAWA忘れもの~うおっ!」 キョン(父さん、言い訳できません……) 谷口「すまん……ごゆっくりぃぃ!!」 キョン「どうするかな」 長門「任せて情報操作は得意、但し私の力を使うときは毎回接吻を要求する」 キョン「……わかった何もしなくていい」 長門「了解した、主の命は絶対」 はぁやれやれ、どうすりゃいいんだこれから ハルヒ「……帰る!みくるちゃん明日は撮影するから!!」 みくる「えぇぇ、またバニーさん着るんですか?」 ハルヒ「何のために持ってきたと思ってんのよ」 みくる「わかりましたぁ」 古泉「さて、では我々も解散しましょうか」 キョン「そうだな」 長門「……パタン」 みくる「じゃあ私は着替えますので」 キョン「はい、それではまた明日」 みくる「はい」 古泉「そうそう、お見せしたいものがあるんですが、時間ありますか?」 キョン「なんだ?見せたいものって」 古泉「それは着いてからのお楽しみです」 そういう古泉にホイホイついて言ったのが全ての間違いだった まさか、こいつと…… 車で移動する事になった俺と古泉、なんでも車は古泉が所属する機関とやらのものだと言うことだ 現場に着くまである程度の説明を受けた 古泉が機関で唯一契約者がいない魔導書であること 閉鎖空間とやらが俺に見せたいものだということ 古泉「着きましたよ」 キョン「あぁ、でどこにその閉鎖空間とやらがあるんだ?」 古泉「目の前です、早速侵入しますので目を閉じていただけますか?」 キョン「わかった」 目を閉じてじっとしていると、急に手を捕まれた、気持ちわるい放せ 古泉「もう目を明けて頂いて結構です」 キョン「……灰色の空間……」 古泉「ここが閉鎖空間です、もうすぐアレが出てきます」 キョン「さっき言ってた神人とやらか」 古泉「えぇ、戦闘になる前に僕が何の写本かお教えします。僕は涼宮さんが持つ魔導書の写本です」 キョン「どういう事だ」 古泉「涼宮さんの潜在意識が生み出す閉鎖空間と神人、これについて記されたのが僕たち神人断章なのです」 キョン「なるほど」 古泉「僕の力もそろそろ限界でして、契約者が必要なんですよ」 キョン「それはつまりお前とキスしろと?」 古泉「んふ、いいえ接吻です」 キョン「どっちも一緒だろ」 古泉「接吻とは言いましたが唇を重ねる接吻とは言っていませんよ」 キョン「なんにせよ、お前となんてごめんだ」 古泉「仕方ありませんでは、右手を失礼します」 と言うと、古泉はまるで騎士が王国の姫に忠誠を誓うかのような接吻を俺にしやがった あぁ気持ち悪い忌々しい 古泉「これで僕はあなたの魔導書です。間もなく神人が現れますそこで見ていてください」 そういうと蒼く発光する巨大な化物が現れた、それを古泉含む5つの赤い球が即座に倒してしまった 閉鎖空間がの崩壊とともに俺達は現実空間に戻ってきた 何度もみたいとは思わないが……これは確かにすごい……親友の魔術よりな! こうして俺と古泉は契約する事になったのだ、もう一度似たような事が起こりそうだが、これはまた別のお話だ 自称、宇宙の書の写本 自称、時を駆ける時間の書 自称、変態の書……神人断章 どいつもこいつも俺に見せつけてくれたよまったく そして成行上契約したのが、宇宙の書と神人断章 時間の書とは契約するんだろうか イキナリだが放課後、朝比奈さんにまた呼び出された。なんでも契約して欲しいとのことだ で、俺はその誘惑に勝てるワケもなく契約しようとしたその時だ ハルヒ「あらキョンにみくるちゃん、いつの間にそんな仲になったの?ふぅん……」 寸前でハルヒが来た その後俺は「二度と来るな!」の一言とともに部室を追い出された まったくワケがわからん 仕方ないので今日は帰る事にする テレビを見る、晩飯を食う、そして今日も1日ご苦労さんって事で寝る 次に目覚める時そこは俺の部屋ではないとは夢にもおもわずに…… ???「キョン、キョン!起きてよキョン!」 キョン「うぅん」 ???「起きろってんでしょうが!」 キョン「はっ!」 目覚めると涼宮が俺を覗きこんでいた ゆっくり体を起こし辺りを見回すとそこは、灰色の世界、学校、何故か制服……おかしい俺は部屋で寝ていたはずだ ハルヒ「気がついたらここにいたのよ、ねぇキョンここどこなの?」 キョン「さぁな」 ハルヒ「あんまり驚いてないのね」 驚いてるさ、朝比奈さん(大)が言っていた事が起こってるんだからな キョン「古泉を見なかったか?」 ハルヒ「え?古泉君?見てないけどどうして?」 キョン「いや、何となくな」 魔導書とその主は常に一つだと親友から聞いた事がある……なのに誰もいないとはな、それだけここがヤバイところって事か 涼宮とともに校内を探索していると、以前涼宮が見せた手品とその種が事細かく幻として俺達の目の前にあらわれた なるほど、一見単純に見えた手品の数々もかなり凝っているのがわかる そして涼宮が、ハルヒが全ての人を楽しませたいと言う気持ちが俺にも伝わってきた これがハルヒの持つ魔導書の力なのだろうか、この魔導書の使い方は知らないままの方がいいのかも知れない そんな事を考えている間に部室に到着した、一息入れるためお茶を煎れいつものパイプ椅子に座る さすがのハルヒも今回ばかりは相当不安らしい、何も言わなくても部室に入れてくれた ハルヒ「ちょっと探検してくる、他にも面白い事があるかもしれない」 キョン「あぁ」 しかしなんだな、切望していた魔術師が自分だとは考えもしないんだろうなあいつは 古泉「彼女はあぁ見えて常識ある人ですからね」 キョン「おっやっと来たか」 古泉「お待たせして申し訳ありません、今回の閉鎖空間は特別です。仲間の力を借りてやっと侵入できました もしあなたと契約していなかったら恐らく誰も侵入できなかったでしょうね」 キョン「ほう」 古泉「自身を認めないあなたに業を煮やしていたタイミングでやってくれましたからね」 キョン「何のことだ?」 古泉「時間の書写本と契約しようとしていましたね?」 キョン「あぁ」 古泉「それが今回の閉鎖空間のトリガーになってしまったんですよ」 キョン「何でだ?」 古泉「まったく僕の主は何故こうも鈍感なのでしょう」 キョン「何か言ったか?」古泉「いいえ、なにも。それはそうと長門有希、朝比奈みくるからの伝言です 朝比奈みくるからは、私のせいですごめんなさい。長門有希からは魔術行使の許可を……。以上です」 キョン「二人にわかったと伝えてくれ」 古泉「わかりました、僕もそろそろ限界のようです。あなた方が戻ってくる事を願っていますよ」 キョン「あぁすまんな」 古泉もいなくなったか さてどうする?とりあえず俺があいつを認めている事を伝えないとな ハルヒ「キョン!見てよアレ!!」 神人か、古泉もいない状態でどうする?逃げるしかないか! キョン「逃げるぞハルヒ!」 ハルヒ「ちょっとキョン!」 こうして俺はハルヒを連れて校舎から出た、その間ハルヒのマジックショーを見せつけられるとは思わなかったが キョン「ハルヒ」 ハルヒ「なによ」 キョン「聞いてくれ、俺はお前の手品が凄いと思いながらも、つまらんと思ってきた。何でかわかるか?」 ハルヒ「わかんない」 キョン「俺はな本物の魔術をこの目で見たことがあったからだ」 ハルヒ「あんた知り合いに魔術師がいるの?」 キョン「まぁな、でも俺はいつの間にかお前の手品に魅了され始めてた。いや違うな、実はお前が手品やってる時の髪型、つまりポニーテールに魅了されてたんだ!」 ハルヒ「はぁ?」 キョン「だから、俺はポニーテール萌えなんだよ!」 ハルヒ「だったらみくるちゃんにやってもらえばいいじゃない!」 キョン「あぁもう!お前のポニーテールじゃなきゃ萌えないんだよ!!」 勢いに身を任せ、ハルヒを黙らせるためキスした、何故だかハルヒは抵抗しなかった。それどころかその身を俺に預けているような気がした ……っ! ……、……、……、なんつう夢を見たんだ俺は!フロイト先生も爆笑だっぜ! その後寝る事ができずいつもの時間まで悶え苦しむ事にした 学校に行くとハルヒが髪をバッサリ切っていた。何と……ポニーテールが惜しい…… が、よく見たらポニーテールだった。明らかに髪の長さが足りてないぞハルヒ キョン「でもまぁ、似合ってるぞハルヒ」 ハルヒ「……」 そっぽを向いたままだんまりを決め込んでいたが、まぁいいさ 放課後部室へ行くと 長門「お帰りなさい主、私が魔術を使う前に脱出するとは思わなかった。接吻が……」 黙りなさい、そうおいそれとやられてはかなわん 長門「……そう……はぁ」 みくる「あっキョンくん無事だったんだ!!」 キョン「えぇ何とか帰ってこれましたよ、それより朝比奈さん。胸の谷間の辺りに星形のほくろがあるでしょ?」 みくる「へ?……ふえぇ何で知ってるんですか!何で何で何でですかぁ!」 キョン「あははは」 ハルヒ「ふふん、みくるちゃん。今日はバニー服に着替えましょうか」 みくる「またあの恥ずかしいのを着るんですかぁ」 ハルヒ「当然!」 やれやれ何が当然なんだか…… 古泉「よく帰ってきてくれましたね。機関も僕も感謝しています」 鬱陶しい営業スマイルめ! 古泉「どうやら、僕たち神人断章の母たる彼女はこの世界であなたを認めさせる事にしたようです」 キョン「俺はハルヒを一応は認めたつもりなんだが?」 古泉「そうでした、でなければこちらに回帰できなかったでしょうし。しかし一つだけ問題があります、朝比奈みくるとの関係です」 キョン「あぁそれか」 古泉「彼女とは必要があるまで契約しない事を勧めますよ」 キョン「そうだな、またあんな世界に引きずり込まれたらかなわん」 古泉「なら早く涼宮さんに一言言ってあげてはどうです?」 キョン「……しかし、今日のコーヒーはうまいなぁ」 とまぁ魔導書と契約しちまったわけだが、俺自身が魔術を行使するのはまだ先の話しだと言う事は伝えておく そして朝比奈さんと契約する日もまた、もう少しだけ先だと伝えておく これが俺が巻き込まれた事件だ、そしてここでは語られなかった事柄はまた別の日に話すとしよう 涼宮ハルヒと魔術・アフターへ
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夏休みも中盤にさしかかり、あまりの高温のためにシャミセンもとろけるようにぐったりする日でも SOS団というのは休業することはないらしく、汗で水浴びでもしたかのようにびしょびしょになって部室に向かっていた。 部室のドアの前に立ち、ドアをノックする。 ……… 反応がない。まだ誰も来てないのだろうか。 恐る恐るドアを開けると、古泉や朝比奈さん、それどころか長門の姿すら見あたらず、居たのは団長机に 突っ伏したハルヒだけだった。 どうやらハルヒは熟睡してるらしく、幸せそうな顔をしていた。しかも、陽の光を浴びているせいか、妙にその幸せ度も アップしているように見えて、この時ばかりはサインペンを持って現れるはずのいたずら心は姿を現さなかった。 「我らが団長様はお昼寝の時間ですか。」 やれやれとため息をつきつつつも、ハルヒの寝顔をよく見るために長門の指定位置に腰を下ろす。 こうしてみると、ハルヒの寝顔はますます幸せそうに見える。こんな顔をしている時は大抵美味い物を 食っているときか、突拍子もないことを思いついて俺に雑用を押しつけているときくらいのものだ。 「キョン…」 …どうやら後者のようだ。 耐えろハルヒの中の俺よ。そう思いつつ合掌する。 …が、次の瞬間、俺はとんでもない言葉を聞いた…気がする 「…キョン……大好きだよ……」 「……………なんだって?」 いまなんつった?大好き?こいつの中の俺はどんなほれ薬を使ったんだ? 「……キョン……」 なぜか顔が熱くなる。落ち着け。これはただの夢だ。ハルヒの夢の中の話だ。現実の俺は関係ない。 関係ないんだ。どんなに口が滑ってもハルヒがこんなことをストレートに言うわけがないだろ。 落ち着け、落ち着け、落ち着け………… と、そんな風に自分を落ち着けていると、ハルヒの幸せ顔はいつしか消え、次第に悲しみに変換されていった。 「……キョン…待って……」 ん?ハルヒの中の俺はついに逃げたのか? 「待ってよ……置いてかないで……」 徐々に顔つきが変わっていき、幸せ度は0になっている。 「キョン…」 こいつの中の俺は何をしている。何をそんなにハルヒに心配掛けてるんだ? 「…そんな……嘘でしょ……?」 自分のことのはずなのに、ドラマの一途なヒロインの告白を、まるで紙切れを 扱うかのようにかわす男を見ているとき並にハルヒの中の自分に対して腹が立っている。 「待って…キョン…」 徐々に声が大きくなる。 「…キョン…待ちなさい…」 ハルヒの閉じられた瞼の間からきらりと光る物がこぼれてくる。 「…ねぇ…待ってったら……」 寝言までもがふるえている。もうだめだ。耐えられん。俺はハルヒを起こそうと立ち上がろうとしたときだった。 「……キョン!」 ハルヒの突き飛ばした椅子の衝撃で俺までもひっくり返りそうになる。 「夢……か…」 ハルヒはまだ俺が居ることに気づいてないらしく、ぽろぽろと涙をこぼし続けていた。 「キョンは…こんなこと…しないよね…」 「するわけ無いだろ。」 そう言ってハルヒにハンカチを差し出す。ハルヒは少し驚いたものの、何も言わずにハンカチを受け取り、握りしめた。 「…ねぇ、キョン」 「なんだ?」 「ちょっと…泣いていいかな?」 「…ああ。泣いてしまえ。この際だから今までの分も全て出してしまえ。」 それから数十分の間、ハルヒは大声を上げて泣いた。俺はただハルヒを優しく抱いて、頭をなでてやるだけだった。 この日のハルヒはやたらと涙もろく、俺がちょっと慰めてやっただけでまたぼろぼろと泣き出したりなんだりで、 目の周りの腫れが引いて人前に出れる頃にはもうあたりは真っ赤に染まっていた。 「そういえばあんた、いつからいたの?」 詳しくは覚えてないが、ちょうど昼頃だろうか。まだ幸せ度MAXだった頃か。 「あたし、笑ってた?」 そりぁもう言い笑顔だったぞ。 「そう…」 二人の間に沈黙が流れる。沈黙に耐えきれずに最初に口を開いたのはハルヒだった。 「…あたしね、夢見てたの。」 どんな夢だ? 「最初はみんなで町の散策してて、すごく楽しかった。新しくできたファミレスでお昼を食べたり、 ゲーセンのUFOキャッチャーであんたに人形取ってもらったりしてた。」 それがあの幸せ100%の時か。 「でも、次の日かな…みんなあたしの周りから消えていった。みくるちゃんも、古泉君も、有希も…」 俺も…か 「……キョンは…あたしの前からいなくなったりはしないよね?」 「…ああ。」 「ほんとに?明日になって突然いなくなったりしないよね?」 「そんなに心配なら、おまじないでも掛けてやろうか?」 「おまじないって何よ。大体、あたしは…」 俺は何かを言おうとしたハルヒの唇を塞いだ。そのおまじないは、ハルヒに掛けると同時に自分にも かかってしまう諸刃の刃だった。 「…さて、帰るとするか。ついでだから、いつもの喫茶店にいくか?」 「そ、そうね。そうしましょ。ただし、あんたの奢りだからね。」 「へいへい。」 真っ赤に焼けた太陽の光で確認は出来なかったが、頬が赤く染まっているであろうハルヒはいつもより愛おしく見えた。 「キョン」 「なんだ?」 「大好きだよ。」 -fin-
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第 四 章 情報爆発から一夜が明けた。 俺はこれからの行動計画を考えた。俺がすべきことは大きく分けて三つある。 機関を立ち上げること。 未来人がTPDDを得るきっかけを与えること。 そして、ハルヒを救うこと。 さらに俺には絶対に避けなければならないことがあった。 ひとつは当然ながら、自らが既定事項を崩す行動を取らないことだ。 俺の誤った行動によって、未来が俺の知る元の未来と変わってしまえば、全てが水の泡だ。 そして、もうひとつはさらに重要だった。 情報統合思念体に、俺の存在を知られることは絶対にあってはならない。 老人の話を信じるとすれば、書き換えられたこの歴史では、情報統合思念体は俺の存在を知らない。ハルヒの周辺に関する記憶を全て抹消すると言っていたからな。 気をつけなくてはならないのは、俺がTFEI端末に不用意に接触することだ。 たとえそれが長門であってもだ。 もし俺がTFEI端末の周囲に近けば、奴らは俺の記憶を読み取るのに些かの労力も必要としないだろう。 そして俺が情報統合思念体を消滅させる意図を持っていることを奴らに知られれば、俺はかなりまずい状況に立たされる。 情報統合思念体から攻撃を受けることは容易に想像出来る。 過去の長門の行動から推測すれば、おそらく記憶を読むのに必要な距離は半径十メートル程度だろう。 長門は最終的には俺と行動を共にし、ハルヒを救うために情報統合思念体の抹消を提案してくれた。だがそれはあくまでも卒業式以降の歴史である。 それ以前の長門に俺の意志を知られることによって、長門が俺の敵にならないという保障はどこにもない。 長門を敵に回すなんてことは俺には絶対に考えられなかった。 TFEIだけではない。未来人や超能力者、その他一般人を含めた誰にだろうと、今の俺に過去の俺の面影を見出されることは好ましくない。 そういうわけで、俺は髭を伸ばし、目が弱いという理由でサングラスをかけ続けることにした。怪しげな組織の創設者には怪しげなスタイルが似合うのさ、おそらく。 次に俺は、世界と歴史、とりわけハルヒの周辺が情報統合思念体によってどのように改変されているのかを確認することにした。 ハルヒがどこの高校に入学しようとも、俺は最終的に北高に行くように歴史を修正するわけだが、それでも今ハルヒがどこにいるのかを知る必要はある。 ハルヒの周囲には観察のためのTFEI端末がいるはずだ。 俺がハルヒの居場所を知らないがために、迂闊にハルヒの周囲に近づくということは、すなわちTFEI端末に発見される危険性が高まるということだ。 俺は、この時代から三年後の北高の入学式、つまり俺たちが北高に入学した日の登校時間に移動した。 おそらくハルヒは北高には入学しないだろう。 情報統合思念体が全ての歴史を書き換えたのだとすれば、ハルヒがジョン・スミスに会う歴史は生まれていないはずだ。 だが俺は一応の対策として、北高の近くを見張るのは避け、登下校ルートが見渡せる建物の屋上を探し出し、そこから双眼鏡で観察することにした。 学生たちをつぶさに観察出来るほど双眼鏡の倍率は高くなかったが、それでもその中にSOS団メンバーが混じっていればすぐに解るだろう。 三年間ずっとつきあってきた。例えそれが双眼鏡越しの後姿だとしても、俺は一目で判別する自信がある。 予想どおり北高にハルヒの姿はなく、長門の姿も見当たらず、大汗をかきながら暗澹たる気分で坂道を登る高校一年の俺の姿しか発見出来なかった。 入学式の日は新一年生のみの登校であり、朝比奈さんの姿は当然確認出来なかった。 だが翌日もおそらく朝比奈さんは来ず、しばらく経って古泉が転校してくることもないだろう。まだ未来人組織も古泉たちの機関も出来ていないんだからな。 では朝比奈さんと古泉は解るとして、ハルヒと長門はどこだ? 俺は時間移動で再び登校時間に戻り、ハルヒの家から比較的近い、市内の高校をひとつずつ同じ方法で調査することにした。 さっき北高の通学路を張っていた俺と同じ時間平面に来ている。 つまりこの時間平面には今の俺と北高を張っている俺の二人がいるわけだ。 無駄にややこしい。俺はまず、文化祭の映画撮影で使ったロケ地である朝比奈さんが突き落とされた池に程近い、学区内では一番の進学校に向かった。 長門が世界を改変したときとは違い、光陽園女子が俺の知る中高一貫のお嬢様女子高のままならば、ハルヒにとってその進学校が最も適切な選択のはずだ。 双眼鏡の視界を校門付近に固定し、しばらく観察を続けた。 見つけた。 これから始まる学校生活への不安や期待を一様にその表情に浮かべる新高校生の中で、ただ一人だけ、俺が初めて会ったときと同じ100%混じり気なしの不機嫌イライラオーラを放出し続けている、見慣れた黒髪の女の姿を。 そして、同じ高校に朝倉と喜緑さんの姿も発見した。 だが長門の姿は見えなかった。長門はハルヒの監視役。 ハルヒがそこに通うのであれば、長門も当然ながら同じ学校に通うのが筋というのものだ。なぜ長門はいないんだろう。 俺には他にも気になっていることがあった。 今の歴史では、俺とハルヒの将来はどうなっているんだ? 俺は、俺が元いた時代、つまり俺とハルヒが結婚していた頃に移動した。 予想どおりだった。俺とハルヒは結婚していない。当たり前だ。 北高での出会いがなければ、俺とハルヒの人生には永遠に交差する点は訪れないだろうからな。 そしてこの歴史では俺は大学には行かず、専門学校を卒業したものの、就職難でフリーター真っ只中にいた。なんてことだ。俺はあらためてハルヒの補習授業のありがたみを実感した。 では一体ハルヒはどこにいる? 俺はハルヒの実家を遠くから見張ってみた。 だがいつまでたってもそこにハルヒの姿は見出せなかった。 次に一年間時間を遡ってみた。そこには大学に通う、さっき進学高で見たのと同じ、混じり気のない不機嫌な表情そのままのハルヒがいた。 そこからさらに半年間時間を進める。大学卒業前のハルヒを発見した。 なるほど、ならば大学を卒業してすぐに引越しでもしたのか? そうしてハルヒがいなくなった時期を少しずつ絞り込んでいき、ようやく真実にたどり着い た俺は、あまりのことに茫然自失した。 ハルヒの実家にかかる鯨幕。訪れる弔いの人影。外側からわずかに見える祭壇。 ハルヒの写真。 ハルヒは大学を卒業してしばらく後に、やはり原因不明の難病で命を落としていたのだった。 俺は直感した。何らかの理由で情報統合思念体が自律進化の可能性を捨て、不確定要素であるハルヒを亡き者にしたのだろうと。 過去のハルヒは高校一年の五月と高校三年の二月、二度世界を作り変えようとし、そしてそれは俺の存在により未遂に終わった。 だがこの歴史では、ハルヒを止められる者はおそらく誰もいない。 情報統合思念体は、自律進化の可能性と世界改変による自らの消滅の可能性を天秤にかけた末に現状維持を望み、世界改変を未然に防ぐためにハルヒを死に至らしめたのだ。 奴らは情報爆発以降のハルヒへの手出しは危険と言っていたが、この歴史ではこういう判断を下したのだろう。 これはあくまでも想像でしかない。 だがやつらの動機としては十分に考えられることであり、 他にハルヒが原因不明の病気になる理由は考えられない。 暴走した長門が世界を変えてしまった時の喪失感、そのときとは比較にならないほどの感覚を俺が襲っていた。 情報統合思念体によって、俺は一番大切な思い出を奪われ、一番大切な人を二度も殺されたのだ。 こんな未来など俺は絶対に認めない。認められるはずがない。 俺とハルヒが北高で出会う歴史を作るためには、あの七夕でのジョン・スミスとの出会いが必要だ。 それだけではない。俺がハルヒと結婚する未来を確実にするためには、おそらく俺の知る過去の事象を全て「既定事項」として作り出さねばならないはずだ。 俺は今日の時間移動であることに気づいていた。 俺が機関を作らずとも、世界は終わっていない。 俺が作らなければ、他の誰かが元の歴史とは別の超能力者組織を作るのだろう。 だがそれで古泉が北高に入学する保障はどこにもない。 やはり機関は鶴屋さんの言葉どおり俺が作るべきなのだ。 俺はこれから、歴史を改変する度に、その結果を検証しなければならない。 歴史というブラックボックスに対して改変というインプットを与えた際に、アウトプットと なる未来がどう変化するのかを理解する必要がある。 結果を正しくフィードバックしてこそ、正しい歴史を作ることが出来るのだ。 そして検証作業を今日のように俺一人の手でおこなうのは、今後は不可能となるだろう。 ハルヒが北高に入学すれば、その後は北高内部の情報収集が不可欠だ。 だが俺自身はTFEI端末に近づけないという理由でそれを出来ない。 つまり、俺には情報収集を肩代わりしてくれる存在が必要だ。 ならば最初にやるべきことは決まった。 俺は機関を立ち上げることを最優先課題にすることにした。 その日の夜、機関創設に関する当主との打ち合わせが開かれた。 まず俺は、鶴屋さんに正体がバレたこと、一応の口止めをしておいたことを正直に明かした。 当主は笑いながら、 「あれは異常に勘のよい娘でして、私も昔からよく困らされております。ただ物事の本質や何が大切かということもよく解っているようです。口の堅さは保障しますので、どうかお気になさらずに」 と言って許してくれた。日々、物理的に頭が下がりっぱなしである。 俺は機関創設計画の草案と、それに伴い必要になるであろうことについて話した。 何よりもまず超能力者を探し出してそれを集める必要があること。 閉鎖空間の発生とともに、超能力者がすぐに対応出来る体制をつくること。 超能力者とは別にハルヒの監視役が必要なこと。 未来人や情報統合思念体などの別勢力に関する情報収集をおこなう人員が必要なこと。 その他、雑務をこなすための人員が必要なこと。 それらを実現するために、信頼のおけるスポンサーを集める必要があること。 当主はひと通り聞き終えると、俺の意見に全面的に同意してくれた。 「閉鎖空間が発生した際には、よろしければご招待します。是非一度ご覧いただき、その目でお確かめください」 「それは実に興味深いですな。楽しみにしております。ああ、それと、」 当主はまたしてもありがたい提案をしてくれた。 「私も出来る限りの協力は惜しみませんが、とはいえ立場上常に時間を取れるわけでもありません。私の代わりにあなたをサポートする、言わば秘書のような者を紹介したいのですが。いかがでしょう?」 「ありがとうございます。何から何まで、本当に痛み入ります」 果たして一体俺は既に何度当主に頭を下げているだろう。 打ち合わせを終了し、俺は離れに戻って具体的な計画を考えた。 さて、その超能力者たちを一体どうやって探し出そうか。 俺は、俺が初めて閉鎖空間に連れて行かれたときのタクシーの中で、古泉が言ったことを思い出していた。 超能力者たちはハルヒによって能力に目覚め、それがハルヒから与えられたことを知っている。 超能力者たちは自分と同じ能力を持つものが自分と同時に現れたことを知っている。 超能力者たちは閉鎖空間の出現を探知でき、その中で自らが何をすべきなのかを知っている。 超能力者たちは神人を放置しておくと世界が終わってしまうことを知っている。 そしてそれらのことはおそらく昨日、ハルヒの情報爆発によって全ての超能力者にもたらされたはずだ。 超能力者たちはハルヒの存在を知っている。ハルヒの周辺を見張っていれば、彼らのうち誰かが何らかの目的でハルヒに接触を試みるかもしれない。 だが具体的にどこまでハルヒのことが解るのだろうか。 彼らはハルヒの所在まで特定出来るのだろうか。 俺の知る機関の連中はハルヒを神扱いしていた。仮にハルヒの居場所が解るとして、神に近づくなどという大胆な超能力者はいるだろうか。 いや、彼らは昨日今日能力を与えられたばかりで混乱しているかもしれない。 神に対して大それた行動に出ないとも限らない。 ならばハルヒのガードが必要になるかもしれない。 いや、どちらかと言えば超能力者のガードになるだろう。 超能力者の誰かがハルヒに危害を及ぼすのを放置すれば、TFEI端末に消される可能性も充分に考えられる。 他に超能力者と接触する方法として考えられるのは、閉鎖空間が発生したときに彼らを探し出すことだ。 彼らは閉鎖空間の出現だけでなく、場所までを正確に把握出来る。そして彼らは強制的に与えられた自らの使命を果たすべく、おそらくそこに集まるだろう。 そして俺もおそらくその発生を探知出来ると考えられる。 いつかの野球場で古泉や長門とともに朝比奈さんが見せた態度、あれは閉鎖空間の発生を感じ取ってのことのはずだ。 だが閉鎖空間はいつ発生するんだ? 未来に飛んで閉鎖空間の発生時間を調べてみるにしても、飛んだその時に閉鎖空間が発生していない限り、俺にはそれを探知する術はない。 どうやらこちらの線は閉鎖空間の発生を待ったほうがよさそうだ。 とにかくどちらの方法でもいい。誰でもいい。 一人でも超能力者と接触出来れば、そこから芋づる式に超能力者は見つかるはずだ。 翌日、俺は閉鎖空間の発生までハルヒを監視することにした。 ただ待つだけというのはどうも性に合わない。 ハルヒは既に小学校を卒業していたため、俺はハルヒの実家を張ることにした。 仮に超能力者の誰かがハルヒに近づくとすれば、ハルヒの外出時を狙うだろう。 ハルヒの家の周辺を見渡せて、かつハルヒを監視する俺以外の存在から見つからないであろう監視場所を探すのには苦労した。 ただでさえ高所から双眼鏡を使って監視するのだ。 TFEI端末でなくとも、一般人に見つかれば警察に通報されるかもしれない。 時間移動で難を逃れられるとはいえ、無用なトラブルは避けるべきだ。 俺は一時間ほどかけてようやく監視に適した場所を見つけ、ハルヒの外出を待った。 一分置きの時間移動を繰り返し、十秒間監視をおこなう。 外出するなら朝の七時から夕方五時くらいまでだろう。 その十時間を約二時間弱で監視する計算になる。 初日にはハルヒは結局一度も外出をせず、俺はその翌日から三日後まで順々に飛び、同様に監視を続けた。 ハルヒは一度だけ外出し、俺はしばらくそれを尾行したが、結果は芳しくなく超能力者らしい人影は現れなかった。 俺は元の時間平面、つまり情報爆発の翌々日の夕方頃に戻った。朝頃に戻っても構わないのだが、あまり実際の活動時間とズレるのは体内時計によくなさそうだ。 「紹介します」 翌日、当主にサポート役として引き合わされた女性を見て、俺はまた腰を抜かしそうになった。 年齢不詳の美女。あるときは別荘のメイドとして、あるときはカーチェイスの末に敵対勢力を追い詰め、その能力を遺憾なく発揮したあの人が目の前に立っていた。 「はじめまして。森園生と申します」 俺は実感した。少しずつだが、確実に歴史は俺の知るものと繋がりつつある。 森さんはこの時点で既に様々な技能を身につけていた。秘書能力、あらゆる事務能力などに加え、諜報能力、六カ国語を使いこなし、武術にも長け、射撃に関してもひととおりの心得があるとのことだった。ところで射撃って一体何だ? 森さんは、スーツの左側を開いてみせた。内側にホルダーが備え付けらており、その中にはすぐさま使用するのに何の不都合もないであろう状態で拳銃が収まっていた。 朝比奈さん(みちる)を誘拐した連中とのカーチェイスの際、俺が森さんに底知れない何かを感じたのは間違いではなかった。やれやれ、一体森さんはどういう経歴の持ち主なんだ? どこかの諜報機関の女スパイか何かなのだろうか。 そして、森さんのような人材をたちどころに調達することの出来る当主が一番底知れない人物であるのは言うまでもない。 既に森さんは当主から大方の説明を受けていた。俺が未来人であることを除いて。 「機関のエージェント確保やスポンサー探しについては、当主が当たってくれています。我々は、当面は超能力者を探し出すことに重点を置きます」 森さんにハルヒの監視を引き継ぐことにした。ハルヒの身の回りに超能力者らしき不審な人物が接触を図る素振りがあれば、ただちに制止して尋問して欲しいと。 俺は遠くからハルヒを監視することは出来ても、ハルヒに近づくことは出来ない。 おそらく、ハルヒの周辺を監視しているTFEI端末がいるだろうからな。 俺が以前、朝比奈さんに連れられて長門のマンションに行ったとき、つまり俺が中学一年の頃の七夕のときには、長門は既に北高の制服を着ていて、俺が高校一年のときに見たそのままの姿だった。 そして長門は三年間あのマンションで孤独に待機していたのだ。 おそらく長門・朝倉・喜緑の三人は高校専用のTFEI端末で、今この時代の彼女たちは待機モードであり、今のハルヒや中学生のハルヒを監視するための別のTFEI端末が存在するのだと思われる。 既にこの三日分の観察は終わっているため、理由は言わずに、四日後から監視に入って欲しいと告げた。 俺は、田丸氏の存在を思い出し、別荘の線で田丸氏とコンタクトが取れないか調べることにした。 一週間かけて、高一の夏休み序盤に招待された、あの島の所有者の変遷と身辺を調査した。だが、結局そこに田丸氏らしき人物は見出せなかった。 どこかの山中に俺は立っていた。暗い。 得体の知れない寒気のようなものを感じる。 森に囲まれた平地に、おぼろげに噴水が見える。 わずかな光に照らされた全てのものは、その色を失っていた。 背後から聞いたことのある少女の泣き声。振り返る。 広場の一角に、ひときわ明るい光に包まれた人形が立っていた。 人形はどこか寂しげな様子で、あたりを見回している。 やがて人形だったそれは、光を失いながら霧のように拡散していった。 また夢を見た。夢の中の泣き声は、前に見た夢と同じ持ち主によるものだった。 この夢は誰が見せているものなのか? ハルヒ、お前なのか? それからしばらくして、夢の意味が解った。 遂に閉鎖空間が発生した。ハルヒの中学校入学式の夜。 ハルヒよ、お前は中学に入っていきなりイライラを爆発させちまったのか? 予想通り俺は閉鎖空間の発生を探知することが出来た。 時空振動に似た感覚が俺を襲った。 だが俺にはその場所が特定出来なかった。 振動を感じ続けてはいるものの、震源地の方角すら解らなかった。 俺はやはり夢にかけてみることにした。なぜなら、あの夢の中で感じていた寒気と同じものを、俺が今実際に感じているからだ。 当主を閉鎖空間に案内するのは次回以降でよいだろう。 現時点では俺にだって閉鎖空間を探し当てられるという保証はない。 森さんに連絡を飛ばす。 「閉鎖空間が発生しているようです。車を手配してすぐに来れますか?」 「了解しました。五分で到着します」 そう言った森さんは、本当に五分きっかりに鶴屋邸前に到着した。 「どちらへ向かいますか」 夢の中のおぼろげな風景。だが、俺はその風景に確かに見覚えがあった。 森さんの運転する車で向かった先は、SOS団の映画のロケ地、あの森林公園だ。 十分ほどで到着した俺たちは、駐車場に車を停め、さらに徒歩で三十分かけて噴水のある広場まで登った。 朝比奈さんと長門の対決シーンを撮った広場。そして朝比奈さんがレーザーを発射し長門に押し倒されたあの場所。 おそらくここで間違っていない。広場内の他の場所よりも、この場所で特に例の寒気を顕著に感じるからだ。 「ここに閉鎖空間が発生しているのですか?」 森さんが不安げに俺を見る。彼女の不安はおそらく閉鎖空間という得体の知れないものに対してではなく、本当にこの場所で大丈夫なのかという、俺に対する不安であろう。 「確証はないですが、こことは別の次元のこの場所で神人が暴れています。そして超能力者たちは今まさに神人との初めての戦闘をおこなっているはずです。神人を倒せば閉鎖空間は消え、超能力者たちが現れます」 これで俺の見当違いだったらかなり申し訳ないな、と思いつつも俺たちには待つ以外に方法はなかった。 あまり口数の多くない森さんとの気詰まりを感じながら、二時間ばかり待っただろうか。 不意に寒気が消えた。 と同時に俺たちがいる場所を取り囲むように三人の男性が突如として現れた。 そこに古泉の姿はなかった。 それぞれ二十代後半、ハイティーン、ミドルティーンと言ったところだろうか。 彼ら三人には神人との戦いを通じて既に共通認識が芽生えているようだった。 そして、そこに異端の者として俺たちが突っ立っている格好だ。 OL風スーツに身を包んだ女性と、やはりスーツ姿にサングラスと髭面の男が、こんな夜中にこんな山中に立っているのだ。これはもう、誰がどう見たって怪しい。 俺は、ひとまず敵意のないことを示すため、彼らに微笑んで見せた。 森さんはと言えば、実に見事なエージェント的笑顔を向けていた。 それは鏡を見て練習でもしたんでしょうか? しかしながら、超能力者三人はあからさまに俺たちを警戒している。 まあ当然の反応だろう。 「俺の話を聞いてくれませんか」 「お前は何者だ」 年長と思われる超能力者が俺に歩み寄った。 俺は彼らの気持ちを考えてみた。きっと今の状況を不安に思っているに違いない。 ハルヒによって何の前触れもなく突然能力を与えられ、その使い方を理解し、否応なく薄気味悪い夜の山中に出向かされ、さらに薄気味悪い空間で神人と戦わなければならない彼らの心境を考えれば、にこやかに話に応じることなど出来るはずもない。 心の底から気の毒に思う。 「俺はあなたたちの味方です」 「お前は俺たちのことを知っているのか」 「あなたたちがどこの誰なのかを知っているわけではありません。ですがあなたたちが何故ここにいるのかは解ります」 三人は顔を見合わせた。 「どうやってお前を信じればいい」 「あなたたちに能力を与えた涼宮ハルヒを知る者、と言えば信じていただけますか?」 その名前を聞いて、彼らは納得したようだった。 「解った。話を聞かせてもらえるか」 俺は超能力者を集めた組織を作る予定であること、そのメンバーに加わってもらいたいということ、閉鎖空間の発生とともに超能力者が出動出来る体勢を整える予定であること、超能力が消滅するまでは責任を持って生活を保障すること、などを伝えた。 森さんは名刺を渡すとともに彼らの連絡先を確認し、詳しいことは明日にでもこちらから連絡する、とを伝えた。 俺たちは、北口駅前近くのビルの二フロアを借り、そこに機関の本部を構えた。 超能力者やエージェントが増えるにつれ、ここもいずれ手狭となるかもしれない。 超能力者は他の超能力者の存在を知ることが出来る。最初の三人を無事仲間に加えることが出来た俺たちは、それを頼りに他の超能力者を次々と探し出した。 だが古泉はなかなか見つからなかった。 「まだ残りの能力者の所在は掴めませんか?」 「残念ながら、進展なしですね」 俺と話しているのは、森林公園で会った三人のうちの年長者で、今は超能力者たちのリーダー的存在の人物だ。 「見つけ出せない理由はおそらくですが、本人が能力に気づいていないか、あるいは自らの能力を受け入れていないか、のどちらかでしょう。ですが能力に気づいていないというケースは今まで発見された能力者では該当者はいません。私たちと同様に能力を身につけた者は、自分に何が起こったか、何をすべきかをその瞬間に理解しいるはずです」 「残された超能力者は後何人くらいいそうですか?」 「私たちには残りの能力者の場所は解らなくとも、存在はなんとなく解るんです。感じると言いますか。これは既に集まっている能力者共通の意見ですが、この世界で同じ能力を持つものはおそらく十人程度と考えられます。現在のところ機関に所属している能力者は八名。つまりおそらくあと一、二名の能力者が残っているということになります」 あの卒業式の三日前に発生した大規模閉鎖空間では、機関と敵対勢力の超能力者を併せて二十人以上はいたはずだ。つまり、こちらの超能力者からは敵の超能力者の存在は感じ取れないということになる。 ハルヒによってあらかじめ敵、味方となる勢力を決められていたということだろうか。 「最初の閉鎖空間に向かったのはご存知のとおり私たち三名だけでした。私たちは早くから与えられた能力と役割を受け入れていたので、お互いがどこにいるかがすぐに解ったんです。それ以外の者はまだ覚悟が出来ていなかったんでしょうね。能力を受け入れていない者、つまり心を開いていない者の場所はこちらからでは解りません」 発見されていない能力者、つまり古泉はまだその能力を自ら認めていないということか。 「彼らの気持ちは解りますよ。私だって突然自分に未知の能力が身について、混乱しなかったと言えば嘘になります。ですが私は何事も楽観的に考えるタイプでして。逆に深刻に物事をとらえるタイプの人間にとっては、これはかなり辛いことだと思います。最初の閉鎖空間が発生しているときは、彼らは大変な葛藤をしたと思いますよ。想像してみてください。自分が異能の存在になってしまったことを認めたくない、閉鎖空間や神人はもちろん怖い、でもそれを放置すれば世界が終わってしまうかもしれない。これは相当な恐怖ですよ」 古泉は今もそういう日々を送っているはずだ。 「おそらく残された能力者の取る道は三つです。他の能力者と同じく覚悟を決めて能力を受け入れるか、このまま恐怖に押し潰されて自ら命を絶つか、あるいは閉鎖空間や神人発生の原因である涼宮ハルヒの殺害を謀るか、です」 古泉は言っていた。 「機関からのお迎えが来なければ、僕は自殺してたかもしれませんよ」 と。 迎えに行けるものならすぐにでも行ってやりたい。 だがお前からシグナルを発してくれなければ、こちらからは打つ手がない。 森さんによるハルヒの監視は継続していたが、やはり古泉が姿を現すことはなかった。 もし古泉がハルヒの殺害を意図すれば、こちらが保護する前にTFEI端末に消される恐れだってある。 既定事項では古泉は無事に機関に入るはずだが、今の歴史の流れでそうなる保障はどこにもない。 その数日後、もどかしい気持ちで過ごした日々はようやく終わった。 四度目の閉鎖空間が発生したその直後、リーダー格の彼から連絡があったのだ。 「今さっき、未発見の能力者一名の微弱な波動を感じました」 「了解です。森さんを能力者の確保に向かわせます。位置把握のために能力者を誰か一名使いますが、そちらは大丈夫ですか?」 「閉鎖空間の方はなんとかやってみます。規模はそれほど大きくないようですので、いけると思います」 「解りました。よろしくお願いします」 俺は直ちに森さんと能力者を手配し、波動の発信源へと向かわせた。 「氏名、古泉一樹。性別、男性。年齢、十二歳。××市立××中学の一年。発見時に極度の衰弱と精神錯乱を確認」 なんとか神人の迎撃を完了した後、俺は本部の一室で森さんからの報告を受けていた。 「随分暴れまして、保護するのに手間取りました。『僕は行きたくない』とずっと繰り返して おりまして。現在下のフロアの宿泊施設に収容しています」 「今は様子はどうですか」 「依然、精神錯乱が見られます。落ち着くまではしばらく機関で保護したほうがよいかと思われます」 「今会って話せますか」 「今日は見合わせて明日以降がよいですね」 森さんの報告によると、古泉は能力発現からずっと学校を休んでおり、つまり中学には一度も登校せず、家から出ることすら出来ない状態だったらしい。 古泉は今まで発見された超能力者の中でも最年少だった。 混乱が激しいのも無理はない。 翌日俺は本部に赴き、森さんとともに古泉と面会した。 ドアを開けたそこにはベッドの上で膝を抱え、うずくまる少年の姿があった。 「あんたたちは一体何なんだ」 俺たちに気づくと少年は顔を上げ、懐疑的な色の目を向けた。 顔つきこそまだ幼いが、それは確かに古泉だった。 俺の知る古泉とは異なり、随分と口調が荒いが。 「俺たちは君の味方だ。森さんから説明があったと思うが、君に俺たちの組織に入ってもらうために来てもらった」 「何だよ、涼宮ハルヒってのは。何で僕がそいつのせいでこんなに苦しまなくちゃならないんだ」 すまん、古泉よ。それは将来の俺の嫁だ。俺からも詫びを入れたい気分だ。 「こんな言葉で片付けるのはあまり好きじゃないが、これが運命だと思って受け入れてくれ。涼宮ハルヒのことだけじゃなく、俺とお前がこうして出会うことも含めてな」 「わけ解んないよ! 僕は嫌だ。あんなところには行きたくない」 まるで説得の糸口が見つからない。 「悪いようにはしない。しばらくここで俺たちの活動内容を見てから考えてくれればいい。他の能力者と話し合うのもいい」 「うるさい!」 しばらく説得を続けたが、俺の言葉は全く受け入れられなかった。 部屋を出ると、能力者のリーダーが待っていた。 「彼の様子はどうです?」 「かなり精神的に追い詰められているみたいです」 「無理もないですね。どうかご理解ください。私たちは涼宮ハルヒという鎖に縛られています。涼宮ハルヒは私たちに無理やりに能力を与え、神人という恐怖により絶対的服従を誓わせた、そういう存在です。そして私たちは涼宮ハルヒの精神状態によって右往左往させられる、実に惨めな存在なのですから」 ハルヒも無意識的にとは言え、随分罪作りなことをしたもんだ。宇宙人や未来人を集めるのは構わない。奴らは最初から宇宙人や未来人だ。 だが超能力者は違う。元はと言えば普通の人間だ。 それを勝手に超能力者に作り変え、おまけに自分のイライラを解消させるために使うんだからな。 「様子を見るしかないでしょうね。私たちも彼を落ち着かせられるようにしてみますので。彼は同じ能力者仲間ですからね」 数日後、森さんからの経過報告を受けた。 「あまり芳しくないですね」 「今はどういう状態ですか」 「精神状態は比較的安定傾向にあります。ですがまだ神人と戦える状態ではありません」 「つまり、どういうことです?」 「他の能力者の意見では、単純な問題でもないようです。神人への過度の恐怖心が原因でまだ完全に能力が発現していない状態とのことです。逆に、能力が発現していないからこそ恐怖心が余計に募るのかもしれない、とも。最悪の場合、ずっと能力が発現しないままの可能性もあると言ってました」 そうなると、俺の知る歴史には至らないんだが。これはどうしたものか。 古泉の部屋に赴く。 「よお、調子はどうだ。オセロでもやらないか」 古泉は軽く俺を睨んだが、ずっと部屋にいて退屈だったのか、誘いに応じた。 「ルールは解るか?」 無言でうなずく。 「どうだ、だいぶ落ち着いたか?」 無言でうなずく。 「他の能力者とは話してみたか?」 無言で首を振る。 まるで長門を相手にしてるみたいだ。 精神状態が安定したと言っても、こんな状態だといかんともしがたい。 ちなみに二ゲームやったが、この古泉も俺のよく知る古泉同様、ゲームは激しく弱かった。 あることに気がついた。森さんも古泉もそうだが、俺はそれをてっきり偽名だと思っていた。 怪しげな機関に所属するものが本名など使うはずがないと。 そんな疑問をそれとなく森さんに聞いて見た。 「これから起こることを考えれば、涼宮ハルヒの周辺にはプロ中のプロが集まります。相手がその気になれば身元など簡単に割れます。私たちが同じくそう出来るように。ならば本名を使った方が、余計な手間が省けます」 なるほど。エージェントの世界というのも色々と奥が深いものなんだな。 つまり俺は表立って機関に関わるのを極力避けた方がよいということだろう。 それからしばらくして、五度目の閉鎖空間が発生した。 俺は一計を案じ、古泉のいる部屋へと向かった。 「何ですか? 僕をどうしようっていうんですか?」 古泉はやっと普通に話せる状態には回復していた。 「今からちょっと付き合え」 古泉は明らかに怯えた顔で、 「僕をあのわけの解らない場所に連れて行くつもりですか?」 俺だってそのわけの解らない場所に何も知らないまま連れて行かれたんだぞ。 しかも連れて行ったのは誰あろうお前だ。 「なに、心配しなくていい。俺が閉鎖空間を見物したいだけさ。それに今日はお客様もいる。お前の力を借りたい」 「嫌です。僕はそんなところに行きたくない」 「神人退治をしろと言ってるわけじゃない。そこまではさせないさ。それともまだ逃げ続ける気か?」 「僕が何から逃げていると言うんですか」 俺の言葉にうまく乗ってきた。年下の扱いは昔から得意なんだ俺は。 性格をよく知る古泉相手ならなおさらだ。 「解ったよ。とにかくついて来い」 能力者への指令を森さんに任せ、俺は機関の車に古泉を乗せた。 「どこに向かうんですか? あの場所とは方向が違いますよ」 「さっき言っただろう。今日はお客様がお見えになる。粗相のないようにな」 到着したのは鶴屋邸。 お客とは以前から閉鎖空間に案内すると約束していた当主のことだ。 「やっと閉鎖空間とやらを拝めますな。楽しみにしてます」 「こいつが今日俺たちを閉鎖空間に案内してくれます」 俺は古泉を紹介した。 「ほほう、それはそれは。ご苦労ですがよろしく頼みますよ」 柔和な笑みを浮かべる当主に、古泉も安堵の表情を見せた。 これで少しは緊張がほぐれてくれればいいが。 しばらく車を走らせた先は、奇しくも俺が最初に古泉に連れて来られた場所と同じだった。 「壁の位置がどこだか解るか?」 「そこの交差点の歩道の丁度真ん中です。でも、能力者以外が入ることが出来るんですか?」 「出来るさ。俺たちだけでは入れないがな。だからお前をつれてきたんだ。侵入の方法は解るな? ならば俺たちを入れるのも簡単だ」 「解りますが……、僕はすぐに外に戻りますよ」 「ああ、構わない。よろしく頼むぞ。」 「では、しばらく目閉じてください」 俺と当主は古泉の指示に従い、古泉は両手でそれぞれ俺と当主の手を握った。 「行きます」 以前と同じように、古泉に手を引かれて俺たちは閉鎖空間に侵入した。 入るなり、瞼の奥に強い光を感じた。 目を開く。眼前に青い光の塊が広がっていた。 距離にしておよそ十五メートルほどだろうか、目の前に神人がいやがった。 近すぎる。予想外の展開だ。 「やばいぞ、脱出する。古泉、行けるか?」 返事がない。古泉は神人をじっと見つめたまま硬直していた。 「聞こえてるか!? 出るぞ!」 俺の問いには答えず、古泉は神人を仰ぎ見たまま動かない。 まずいことになった。少しずつ閉鎖空間に慣れさせようと連れて来たのが、これでは逆効果になりかねない。 だが、しばらくして古泉が発した言葉は見事に俺の予想を裏切ってくれた。 「綺麗だ……」 俺は長い付き合いを通して、古泉のことを少し変わった奴だとずっと思っていた。 その判断は正しかった。こいつはやはりどこかおかしい。 そして、荒療治は案外成功するかもしれない。 俺は左手で古泉の肩を叩き、右手で神人を指差してこう言った。 これで夕日でも落ちていれば、どこかの青春の一ページみたいなポージングだ。 「あれが神人だ。お前には釈迦に説法かもしれんが、あれの出現は涼宮ハルヒの精神状態が悪化していることを表している」 古泉が聞いているのか聞いていないのかは解らないが、構わず俺は続けた。 「つまりあれとの戦いは、やつのイライラとお前たちのイライラのぶつかり合いということになる。いずれやってみるといい。いいストレス解消になるぞ」 我ながら、かなりいい加減なことを言っていると思う。 「最初は大変だろうと思うが、慣れれば……そうだな、ニキビ治療みたいなもんだ」 これはお前が言った言葉だぞ、古泉。 俺は古泉の手が赤く輝き始めたことに気づいた。能力が発現したらしい。 「これは……?」 やがて古泉がかざした右手の上にハンドボール大の赤い光球が生み出されていた。 「それがお前に与えられた能力だ。試しに投げてみろ」 古泉は光球と神人をしばらく交互に見つめ、思い立ったように、滑らかかつ力強いフォームで光球を神人に向かって投げつけた。 そういやこいつは野球をやってたんだっけか。 それは見事に神人の腕に命中し、驚くべきことに神人の腕は粉々に砕け散った。 どうやら驚いているのは俺だけではなく、神人の周りを飛ぶ人間大の光球たちも、その動きでもって驚きを表現していた。 ルーキーが初打席で敵エースの決め球をバックスクリーンに叩き込んだようなもんだ。 そう言えばすっかり当主の存在を忘れていた。 振り返ると当主は相変わらずの笑顔でこの超常的な展開を楽しんでいるようだった。 この剛胆ぶりは鶴屋家の遺伝子のなせる技なのか? 「……あの飛んでいる光は?」 古泉は神人の周囲に群がる光点に気づいたようだ。 「あれはみんなお前の仲間だ。そしてこれから先お前にはもっと多くのかけがえのない仲間が出来る」 光球たちをじっと目で追う古泉に、 「そのうちお前もああいう風に戦えるようになるさ」 「どうやったら飛べるんですか?」 「それは俺には解らん。俺は能力者じゃないからな。だが他の能力者だって誰に教わったわけでもない。その気になればお前にだってすぐに出来るようになると思うぜ」 古泉は静かに目を閉じた。意識を集中させているようだ。 突然、古泉の体中から爆発するかのようにオーラが発生し、それはすぐさま球体となった。 古泉の体がふわりと浮いた。 「やってみろ」 光球が躊躇うかのように上下に揺れた。 しばらく後にそれは静止し、次の瞬間にはレーザー光のような鋭い軌跡で神人めがけて飛び立った。既に何度も見ている光景だが、その度に思う。まったくデタラメすぎる。 古泉の光球はそのまま神人の頭部を貫通し、神人は着弾点を中心に、外側へ向けて順々に光の霧となって崩壊した。 新たに加わった光球を温かく迎え入れるかのように、他の光球たちがその周囲を飛び回っていた。 閉鎖空間の消滅後、古泉は横断歩道の上でぐったりと座り込んだ。 俺は古泉の横に座った。 「お前がこの能力を与えられたのは偶然ではない。それがたとえ涼宮ハルヒによる理不尽な選択だとしても、それは全て意味のあることだ」 古泉は首から上だけをこちらに向けた。だがその目には輝きが生じていた。 「俺が保障する。この先何年間かは君にとって辛い日々が続くかもしれない。だがいずれそれを笑って話せるときが必ずやってくる。俺を信じてくれ」 古泉は二度まばたきし、そしてこう言った。 「解りました。今後ともよろしくお願いします」 こうして超能力者は集結した。 古泉は超能力者の数は世界中で十人くらいだと言っていたが、実は全員がこの周辺で生活している人たちだった。 ハルヒも随分と手近なところで超能力者を調達したもんだな。 逆説的に言えば、閉鎖空間はハルヒの近辺にしか発生せず、神人を撃退する者もこの周辺にいる必要があったということだ。 俺は、日本にしかやって来ないどこかの宇宙怪獣と、日本にしか存在しないどこかの地球防衛軍を思い出して、妙に納得した。 ある日、俺は鶴屋さんに図書館に誘われた。 「貸し出しカード失くしちゃってさっ。これから再発行に行くんだけど、ジョン兄ちゃんつきあってくんないっ?」 俺は機関創設に関する実務的な作業や、閉鎖空間の対応に追われていたが、たまには息抜きも必要だろう。 道路に面した側を俺が歩き、鶴屋さんに歩道側を歩くように促した。 「車に轢かれるからっかい?」 「それもあるが、車を横付けして誘拐されないようにするためだ」 「へええ? 色々考えてるんだねお兄ちゃん」 「前にもあったのさ、そういうことが」 朝比奈さんが誘拐された時のことを思い出していた。 あのときは森さんたちのおかげで難を逃れたが、ひとつ間違えば取り返しのつかないことになっていたかもしれない。あんな思いは二度とごめんだ。 連れてこられたのは、高校生の頃に長門と共に来た図書館だった。 「図書館の雰囲気っていいよねっ。家にも本はいっぱいあるけど、あたしはやっぱりこっちの方が好きさっ」 鶴屋さんがカードの再発行手続きをしている間、俺は長門と初めて来たときのことを思い出していた。 もうあれから七年以上経つ。市内不思議探索パトロールの第一回目、午後の部。 ハルヒ作成によるつまようじを用いた厳正なるくじ引き――それは場合によっては全く厳正に作用していなかったのだが――によって俺と長門とはペアを組み、明らかに時間を持て余した俺が長門をこの図書館に連れて来たのだ。集合時間を寝過ごしてしまった俺は、動かざること山よりも強固な読書集中モードの長門とともに集合場所へと向かうために、長門用の貸し出しカードを作り、本を借りてやったのだ。 思い出にふける俺に鶴屋さんは意味ありげな笑みで、 「お兄ちゃん、考えごと?」 「ああ、まあな」 「女の人のこと考えてたんじゃないっ?」 相変わらず勘がいいな。 「以前、俺の友達とここに来たことがあってな。そいつの貸し出しカードを作ってやったことを思い出してた」 「ふーん」 鶴屋さんには隠し事は通用しない。 だが鶴屋さんはいずれ北高に行き、TFEI端末と接触する機会がある。 鶴屋さんの記憶が読まれることだって想定しなければならない。 過去の俺を連想させるような言動はなるべく避けるべきだ。あまり詳しいことは言えない。 図書館を出た直後に携帯が鳴った。森さんからだった。 「閉鎖空間発生の恐れがあります。至急指令所にお越しください」 俺は鶴屋さんをタクシーに乗せ、ただちに空間移動で機関本部にある指令所に向かった。 「一号から入電。観察対象の精神状態極めて不安定。危険レベル赤に移行。閉鎖空間発生の恐れあり」 その直後に時空振がきた。九度目になる閉鎖空間の発生。 「閉鎖空間の発生位置の特定急げ」 森さんがオペレーターに対して的確に指示を飛ばす。 「二号に照会します」 一号、二号というのは最近使い始めた超能力者のコードネームだ。ますます怪しげな雰囲気になっているな。 「閉鎖空間は××線△△駅前を中心に、現在半径二十一.四キロメートル。今のところ閉鎖空間の拡大は認められず」 今まで発生した閉鎖空間の中では最大規模だった。 「一号から入電。神人の発生までおよそ二十四分の見込み」 指令所にはオペレーターが五名、閉鎖空間の発生に備えて常駐しており、有事の際には俺と森さんが駆けつけるという体制になっていた。 「移送要員の手配状況を報告せよ。待機、準待機中の能力者に対して直ちに出撃要請。何人出せるか?」 「二号、閉鎖空間に侵入。一号、閉鎖空間隔壁に到着。三号、六号、八号の三名、閉鎖空間に向けて移動中。九号、移送要員手配中、四号、五号、七号と連絡不通」 まだ指揮体制が作られてから間もない。 指揮系統に乱れがあるのは当然のことだろう。 「一、二、三、六号、閉鎖空間に侵入完了。神人迎撃準備中」 「神人発生までおよそ二分」 「八号、九号閉鎖空間に侵入」 「侵入した者より順次、迎撃準備体制に移行せよ」 「一号から入電。神人出現を確認」 「閉鎖空間拡大速度、秒速一キロメートル突破。なおも加速中」 俺が古泉に連れられて行った閉鎖空間とは段違いの規模だ。ハルヒの中学時代のイライラは当時よりはるかに深刻だったらしい。 「閉鎖空間拡大速度、毎秒三.一六キロメートルで安定。閉鎖空間半径百四十七.八〇キロメートル。拡大終了まであと三時間三十一分十二秒」 超能力者たちにしても、この頃はまだ試行錯誤の連続であり、それだけに神人の迎撃にも当然ながら時間がかかっていた。 つまり、閉鎖空間の拡大が速いか、神人の撃退が速いか、まさに時間との戦いだった。 「九号から入電。一般人が数名閉鎖空間に侵入している模様」 「なんだって?」 九号というのは、すなわち古泉のことだ。 「九号に回線繋いでくれ」 すぐさま、指令所に古泉の声が響き渡る。 「九号です。閉鎖空間に侵入した際に、一般人の存在を確認しました。視認では二名。侵入の方法、目的などは不明」 「解った。君は直ちに一般人の捜索と保護にあたってくれ。残りの能力者は神人の迎撃を継続」 「了解しました。以降、報告は外部のエージェントからお願います」 「能力者四、五、七号ともに閉鎖空間内に侵入。ただちに神人迎撃体制に移行。九号、再侵入」 予想外の闖入者に混乱を来たしたが、三時間後ようやく神人は崩れ落ちた。 神人により世界が閉鎖空間に飲み込まれることがないのは、俺が知る限りでは既定事項のはずだ。 だが、それにかまけて手を抜くことは決して許されない状況だった。対処を誤れば世界は間違いなく崩壊する。閉鎖空間の出現は俺にとっても緊張の連続だった。 「閉鎖空間に侵入した一般人は三名。現在機関所有のビルにて拘束中」 森さんからの報告だ。 「対処はいかがしましょう?」 俺はまず三人に会わせて欲しいと言った。 「よろしいのですか? 閉鎖空間や機関の存在が一般に知れるのは避けるべきと思いますが」 森さんが言わんとしていることは、何らかの方法で彼らの口を塞ぐべきだということだろう。だがそれは話をしてからでも遅くはない。 俺は、不可抗力で怪しげな空間に紛れ込んでしまい、怪しげな集団に拘束されている、これはもう不幸としか言いようのない三人と面会した。 そして俺はまた歴史の繋がりを再認識させられることになった。 「なんとまぁ……」 思わず独り言が出た。 紛れ込んだ一般人三名というのは、あろうことか新川さんと田丸兄弟だった。 三人とも、普通に街を歩いていて、突然辺りが暗くなったと思ったときには既に閉鎖空間の中にいたらしい。 面会を終えた俺は森さんに宣言した。 「この三人を機関のメンバーに加えます」 森さんは驚きの表情を隠せなかった。 「閉鎖空間に一般人が紛れ込むことは、これから先もほとんどないと言っていいでしょう。万一それが起こったとすれば、それは涼宮ハルヒの意思によるものです。彼らは我々に害を及ぼすものでは決してない、いや必ず我々の助けになってくれます」 仮説ではあったが、おそらく間違ってはいないだろう。ハルヒが自分の都合で他人を必要以上に不幸に陥れるなんてことあるはずがない。 何よりこの三人が機関に加わり、重要な戦力になることは既定事項だ。 機関の立ち上げ開始から二ヶ月が経ち、機関の骨格が完成した。 俺は、今後は機関に直接的に介入することはせず、オブザーバー的な位置に立つことにした。 俺にはまだ他にやらなくてはならないことが残っていたからな。 機関の上層部には超能力者のリーダー格の男性、スポンサーからの代表者、スポンサーが推薦する研究者などが集まった。 高校時代の俺の印象どおり、上層部は今ひとつ的外れな言動を繰り返す集団になりそうだったが、それも仕方がない。既定事項だ。 彼らには現実世界とのバランサー役として活躍してもらわねばならない。 俺の立場を知る森さんには、中堅の役どころに入ってもらい、俺に情報を流す役をお願いした。 次に古泉たち一般の超能力者、最後に各種実働部隊として新川氏、田丸兄弟などのエージェントを配置した。 あまり表立って機関に関わりを持つことを好まないという鶴屋家側の要望と、創設者である俺に注意が向かないようにしたいという俺の要望が一致し、鶴屋家は間接的スポンサーの位置に収まった。 そして、娘を危険なことに巻き込みたくないという当主の当然の意見と、将来北高に行くことになる鶴屋さんを深く関わらせるべきでないという俺の意見により、俺は機関に対し 「鶴屋さんには手を出すな」と厳命することとなった。 第五章
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はじめに ・文字サイズ小でうまく表示されると思います ・設定は消失の後くらい ・佐々木さんとか詳しく知らないので名前も出てきません ・異常に長文なので暇な人だけ読んで欲しいです ・投下時は涼宮ハルヒの告白というタイトルで投下しましたが、すでに使われていたので変えています ・誰時ってのは黄昏の旧漢字……らしいです 多分 では、のんびりとどうぞ 学校行事に書き込まれていたテスト週間も無駄な努力と時間の経過によって無事終了し、晴れ晴れとした寂しさだけが残った週末。 テスト期間にあった祝日をむりやり土日に繋げてできた取って作った様な連休に、テストの結果に期待しようも無い俺は心の安息を求めていた。 この不自然な形の休日に教師といえども人間であり、生徒同様たまにはまともな休みが欲しかったなんていう裏事情には気づかない振りをするのが 日本人らしくて好ましいね。 しかし、テストが帰ってきて偏差値などという価値基準が俺に付与されれば、日本経済の実質成長率の如く一向に上がる気配を見せない俺の成績に 母親は表情を暗くするのは想像に難しくない。 でもまぁ、今は人事を尽くした者として大人しく天命を待てばいい。 休むべく作られた休日ってのを謳歌してな。 放課後の帰り道、ハルヒによって明日の休日初日から呼び出されているという事を踏まえても俺はずいぶんのんびりとしていた。 それは長門の一件が解決したばかりだったという事もあるが、最近のハルヒはあまり無茶をしなくなっていたってのもある。 ……そんな俺の考えは煮詰めた練乳並みに甘かった事を、俺は数日後に思い知る事になり今に至るというかなんと言うべきかね。 ともかくだ、天命って奴は人事を尽くしたくらいじゃ変えられないらしいぞ。 涼宮ハルヒの誰時 「急に呼び出したりしてすみません」 そう言って軽く頭を下げた古泉の顔には、驚いた事にいつもの営業スマイルがなかった。 そもそも目的地があるのか無いのか、もしくは現在考え中なのかすらも定かではない黒塗りタクシーは俺と古泉を後部座席に乗せて軽快に夜の街を走っていく。 この車に乗るのも古泉に呼び出されるのも久しぶりの事だ。 最近はハルヒも落ち着いてきたと思ってたんだが、また何かあったのか? 一応はそこそこに一般常識があるはずの古泉の事だ、俺を深夜に呼び出す理由なんてハルヒ絡み以外には想像つかない。 「当たらずも遠からずって所ですね……これからお話する事は確定した事実ではなく、あくまで仮定に過ぎないという前提で聞いてください」 随分もったいぶるじゃないか。わかった、仮定の話だと思って聞くよ。それで? 「僕が以前お話しした、涼宮さんに望まれたがゆえに僕達の様な超能力者が生まれたという話は覚えていますか?」 ああ。残念ながらなんとなくは覚えている。 あの夢物語の事だよな、この間妹が見せにきた絵日記に似たような内容があって焦ったぞ。 「あれから我々も世界の破滅を防ぐ為にと色んな勢力と情報交換を繰り返してきました、その結果一つの結論に辿り付いたんです」 結論ねぇ。聞こうじゃないか。 俺のリアクションに期待でもしていたのだろうか?古泉は次の言葉をやけに芝居がかった感じで言い切った。 「あなたです」 は? 「あなたが全ての始まりであり終わり。それが機関の暫定的な結論です」 ……古泉。 「はい」 そんな冗談を言う為に俺をわざわざこんな深夜に呼んだのか? 俺はこれから、明日の休日にハルヒが無茶をするのに備えてぐっすりと寝ってやる所だったんだぞ。 「冗談です、と言いたい所ですが機関は本当にそう考えているんです。僕としてはまだ半信半疑といった所ですが、信頼すべき部分もあると」 やれやれ、俺はただの一般人だって保障したのは確かお前じゃなかったか? 「あの時点では確かにそうでした、しかしその後の貴方の行動によって過去に新たな確定事項が出来た事により、事情は変わってしまったんです」 何を馬鹿な……まて、過去が何だって? 「はい。貴方は朝比奈みくると過去へ行き、過去の涼宮さんと出会った……そうですね」 あれ、お前にその事を言ったか?……まあいい、確かにそうだ。 「その出会いそのものは問題ではありません。問題なのは、あの時貴方が会った涼宮さんは、それより前の時間にはどこにも存在していないんです」 古泉、日本語で頼む。 「僕も詳しい事はわかりませんが、推論で言えば貴方が過去へ行った事で涼宮さんは誕生した。つまり、涼宮さんは貴方が創り出したという事になりますね」 営業スマイルを何処かに置き忘れたらしい古泉は、真面目な顔でそう言い切る。 ……お前、正気か? 「僕はいつでも、そこそこに正気のつもりです」 だったらよけいに性質が悪い。 長門でもハルヒでもない俺が、人間なんて作れると思ってるのかよ。 「確かに最後の部分は僕の推測です。ですが、機関が接触している長門さんとは別の統合思念体の組織によって、涼宮さんがあの日校門の前で 貴方に出会うより前の時間に存在していない事は確認されているんです。さらに言えば、我々機関の人間がこの超常の力を手に入れたのも 貴方が涼宮さんと過去で出会った日と同じ日。今となっては確認する方法はありませんが、貴方が涼宮さんに北高であったあの日まで、 涼宮さんはどこにも存在していなかったのかもしれませんね」 これ、笑う所か?そう思いたいのだが、残念ながら古泉の顔は至極真面目ときてやがった。 わかったわかった、お前のその意味不明な話が全部正しいとするさ。それで、何故そんな話を俺にする?論理ゲームなら長門とやってろよ。 お前は以前、ハルヒには何事も無い人生を送って欲しかったと言ったじゃないか。 最近はあいつも大人しくなってきたのに、俺におかしなロジックを吹き込んでまでわざわざ不確定事項を探してどうするんだよ。 「……確かにそうですね、僕が話している事は自分でもとても危険な事だと思います。ですが、その先に待つもっと大きな危険を回避する為に 貴方にはどうしても話しておかなければならない。このまま、僕の話を最後まで聞いてもらえればその事についてもご理解頂けると思います」 その先に待つ危険ねぇ……。 俺は明日、ハルヒが何を言い出すか考えるだけで手いっぱいなんだがな。 「統合思念体によれば、数年後のこの世界に朝比奈みくるは居ません」 ……それは……寂しいが仕方ないんじゃないのか?忘れがちだけどあの人は未来人なんだ。 っていうかそれは秘密にしておいて欲しかった。 でもまあ数年後って事は、高校に居る間は一緒に居られるって事か……そういえば朝比奈さんは俺達よりも先に卒業する事になるが、進学するんだろうか? 俺のお気楽な考えをよそに、古泉は深刻そうな口調で続ける。 「それだけではありません、長門さんも僕も、涼宮さんも居ないんです」 は? って、今日2回目か。 「SOS団のメンバーで最初に涼宮さんと出会ったのは貴方。SOS団が発足するきっかけになったのも貴方。数年後のこの世界に残っているのも貴方だけ。 ここまでくれば疑う余地もなく全ての原因は貴方である。以上が機関の結論です」 ちょっと待て、今話してる事は本当なのか? 「…………」 古泉。 俺の問いかけに、何故か古泉は苦しそうな顔で視線を外した。 「僕からこれ以上お話しても貴方は理解も納得できないと思います。ここから先は長門さんに聞いてみてください」 長門? なんでここで長門の名前が出るんだ? 「我々の掴んだ情報通りならば、長門さんにも未来の自分と同期する事ができるはずです。それを使えば、何年先まで自分が存在しているかがわかるはず」 ……そこまで知ってるのか。 久しぶりに嫌な予感がする。何かが起こりそうだが、結局俺には何もできないで終わる事になりだというなんとも疲れる予感だ。 「混乱させてしまってすみません、僕も正直心の整理ができそうにありません。ですが、このまま何もしないで破滅の時を迎えるよりは、 とにかく行動したほうがいいと思ったんです」 まるで朝倉みたいな事を言うんだな。 「え?」 いや、こっちの話だ。気にするな。 会話が途切れるのと同時、まるで事前に何度もリハーサルをしたかのようなタイミングでタクシーは長門のマンションの前に止まった。 深夜のマンションの廊下は当然ながらまるで人の気配がしない。 もしも巡回中の警備員に出くわして、何をしているのかと聞かれたらなんて答えればいいんだろうね? 超能力者の予言による世界崩壊の危機を回避するための助言を宇宙人に聞きに来たんです。とでも言えばいいのか? まったく、間違いなく救急車を手配してもらえるだろうよ。 以前長門から聞いた暗証番号を使ってマンションに入ることができた俺は、そのまままっすぐ長門の部屋へと向かった。 冷たいインターホンを押すと、呼び出し音の後には無音の静寂が続く。 その無音の中に長門の気配を感じて、俺はマイクに向かって話しかけてみた。 俺だ、夜遅くにすまないがちょっと話をさせて欲しい。 もしかして寝てるか?普通なら誰だって寝てる時間だしな。 数秒後、インターホンには何の返事も無いままで部屋のロックは小さな音を立てて外れた。 扉の向こうに居た長門は深夜だというのに何故か制服をきたままだった。……なんでだ? まあいい、深夜だし古泉ならともかく長門に迷惑をかけるのは気が引ける。 部屋にあがらせてもらった俺はさっそく、さっき古泉から聞いたとんでも話をそのまま長門に伝えた。 と、いう事なんだが……。古泉が疲れてるだけだよな? 個人的には「妄想、精神的疲労による軽度の錯乱状態」って返答を期待したいんだがどうだろうか? しばらくの沈黙の後、 「……古泉一樹の所属する機関は、確かに私以外の統合思念体の端末ともコンタクトしている。統合思念体の中には未来の情報を伝える事で、 自立進化に関わる不利益を回避しようとする派閥が存在する」 そんな事ができるっていうか、許されるのか? お前の上司ってのがそこまで無茶苦茶な連中だとは思ってなかったぞ。 「許されない。未来への干渉は、結果的に得られるはずだった自立進化の可能性を消失してしまう可能性がある」 何にしろ自分中心って事か 「そう。本当に統合思念体が未来の情報を漏らしたとしたら、それは自にとっての危機的状況を回避する為に他ならない」 ……統合思念体の危機?そうか、以前長門は。 「以前私がそうしたように、統合思念体の存在が何者かに消去されその状態が回復される事がない未来を見つけたのかもしれない」 ……それってつまり、自分が消されそうになるならその歴史を改竄する事もありえるって事なんだろうか? それならあの時の長門も何かされてもおかしくなかったって事じゃ。 あ、それとも結果的に自分が元通りになるってわかってたから何もしなかった……駄目だわからん。今はとにかく現状の事だけ考えよう。 長門、古泉が言った未来との同期ってのをしてみてくれないか? 「……」 肯定も否定でもない、無機質な視線が俺を見つめている。 あいつは数年後の未来にお前も朝比奈さんも、古泉もハルヒも居ないって言った。つまり十年以上先の未来のお前と同期できたら、あいつの言ってた事は 全部思い過ごしって事だろ? 「……申請してみる」 すっと長門の視線が天井の特に何もないはずの部分に固定され、俺はしゃみせんが時々そうしているのを思い出していた。 あれって何を見てるんだ?もしかして、猫はみんな情報思念体とアクセスできる……なわけねーか。いや、どうだろう。 数十秒程の沈黙の後。 「だめ」 その返事は俺を安心させる物ではなかったが、とりあえず不安にさせるものでもなかった。 しかし、問題はこの後に続く言葉だった。 「一年後の未来に同期すべき私は存在しない。更新できたのは、3日後の自分まで」 古泉のとんでも話より、もっととんでもない話が俺を待っていたらしい。 「私の存在は3日後の21時57分に消失する。その時刻には、朝比奈みくる、古泉一樹、涼宮ハルヒの3人もこの世界に存在していない」 3日後って……数年先じゃなくて今週のか? 「そう。貴方だけが残る」 ……まてよ、そんな事になったら未来の朝比奈さんはどうなるんだ?3日後に今の朝比奈さんが消えてしまったら……あ、そうか。 3日以内に未来に帰ってしまうだけって事だよな。 朝比奈さんが生まれるのがもっと先の未来なら、数年後の世界に朝比奈さんが居なくても不思議じゃない。 「違う。朝比奈みくるの存在その物が消える」 存在その物が消えるって…… 「この時間軸に存在する朝比奈みくるも、異時間同位体の朝比奈みくるも確定した未来の存在ではない。このまま時間が続けば、存在する事になったはずの 暫定的な存在」 待ってくれ、俺にはさっぱり理解できん。 ……そうだ長門! お前は自分が消える直前までに起きる事をみんな知ってるんだな? 俺の言葉に長門は頷く。 ルール違反を指摘したばかりだとか言ってる場合じゃない、これが非常事態じゃないなら何が非常時だっていうんだ! だったらそれを教えてくれ!それさえ分かれば危機が回避できるから、未来の情報を流したりするんだろ? 「できない」 できないって……。 「貴方が異時間の情報を古泉一樹から聞いた時点で、歴史に差異が生まれた。21:57に消失する未来も予測される未来で確率が高いと思われる一つであり 確定された物ではない。これから先に起きる出来事は、もう誰にもわからない」 ……なんとなく、居るんじゃないかと思ってましたよ。 「キョン君」 教えてください、知っている事を全部。 「はい、私に話せる全てをお話します。これが、キョン君と会う最後なんだから」 長門のマンションの外で俺を待っていたのは、寂しそうな顔をした大人の朝比奈さんだった。 何も言わない朝比奈さんについていくと、やがていつも俺達が集まる時に使っている駅前の小さな広場に辿り着く。 駅前は深夜だという事を考えても不思議なくらい人影もなく、町は俺達以外に誰もいなくなってしまったのではないかと思う程に静まり返っていた。 「明日の朝、ここにみんなが揃って涼宮さんがSOS団の解散を宣言します」 は? 今日は何回驚かされればいいんだ?……そろそろ勘弁してくれ。 朝比奈さん……それってマジなんですか。 俺の言葉に、朝比奈さん(大)は何故か微笑む。 「はい、大マジです。そして、キョン君は涼宮さんに告白されて恋人になるの」 は? 思わずまた大きな声が出てしまった俺を見て、朝比奈さん(大)は嬉しそうに……って今なんて言いました? 「……ショックだったな。なんて、今更ですけど」 や、やだなぁ。こんな時に冗談言わないで下さいよ。 動揺する俺を前に、朝比奈さんは淡々と話し続けた。 「涼宮さんの告白のセリフもキョン君の答えも全部知ってます。知ってるのに、私は存在しなくなるなんて不思議な感じ」 不思議な程、朝比奈さん(大)の言葉は落ち着いていて、それとは反対に俺は状況把握に必死だった。 えっと、みんなが数年後に消えてしまうと思ったらそれは実は3日後で、それはよくわからない宇宙理論で回避できないらしくて、SOS団が明日解散して ハルヒが俺に告白する? どこから突っ込めばいいんですか、これ。 「そして3日後、2人は初めて結ばれて……みんな消えるの」 追い打ちかけないでくださいよ! と叫びたかった。 言葉ってのは凄いな、この時の俺はハルヒに襟首を引っ張られて机に頭を叩きつけられた時よりも動揺していた自信がある。 何で、何でそんな事になるんですか?意味がわかりませんよ。 「それは……私には言えないの。ごめんなさい」 自分が消えるかもしれなくても言えない事ってなんですか?なんて言える空気じゃない。 寂しそうな声で謝る朝比奈さん(大)にそれ以上何を聞いていいのか、俺にはわからなかった。 ――どちらからともなく木製のベンチに座った俺達は、暫くの間無言だった。 でもまあ悪くない沈黙だったと思う。 俺は少しでも頭の整理がしたかったし、朝比奈さん(大)も何か考えているようだった。 ベンチの冷たい感触が無くなってきた頃、 「……キョン君、子供の頃の思いって純粋だと思わない?」 急にどうしたんですか? 優しい声で話す朝比奈さん(大)は星も見えない夜空を見上げたまま、話し続けていく。 「架空の存在ですら心から信じられる、子供ってそんな純粋な心を持ってる。キョン君も信じてたのよね?宇宙人に未来人、正義の味方に超能力者。 年を重ねて現実を知るにつれてそれを信じなくなってしまったけれど」 ……あ、あれ?俺、そんな事話しましたっけ?やだなぁ、忘れてください。 孤島で飲んだ時にもで言ったのか?喋った覚えはないんだけど。 「そんな存在居るわけがない……でも少しは居て欲しい。子供の頃の貴方では想像できなかった現実的な部分まで想像できるように成長した貴方は、 北高校に入学したあの日もそう願っていた。超常的な存在の近くで色んな出来事に巻き込まれながらも見守る、そんな一般市民になりたい、と」 違う、そんな事まで俺が朝比奈さんに言うはずがない。俺だって今、言われるまで忘れてた事だ。 なんで、それを……。 「キョン君、貴方は心から願ってしまった。そんな超常的な存在……もうわかっちゃったよね?涼宮さんみたいな人に出会いたいって。心当たりは あったと思うの。神様みたいな力を持っている涼宮さんが、貴方の後ろの席に居たのは偶然?あの席順でなければ、キョン君はきっと涼宮さんに話し かける事はなかった」 それは、たまたま50音順で座ったからじゃ。 「たまたま同じ学校に進んで、たまたま同じクラスになって、たまたま50音順で後ろの席になった女の子がキョン君の望んでいた神様みたいな女の子。 しかもその子にたまたま選ばれた……これはもう偶然とは言えないですよね。どこかに必然が混じってるんです」 ……もしかして、ハルヒが俺を前の席にしたって事じゃ? 「涼宮さんが探していたのは北高の制服を着ていたジョン・スミス。中学校の時に高校生のジョン・スミスを見て同じクラスになれると思うはずがないし、 万一矛盾を無視してそれを望んだとしても、その名前を本当に信じていたならスミスさんでは並びで言うと涼宮さんの後ろに居るはず。でも実際に 後ろの席に居たのは谷口君でした。そして貴方もずっと感じていた疑問、何故宇宙人でも未来人でも超能力者でもない普通の高校生のキョン君を 涼宮さんは選んだのか?さっき話した、たまたまの中にある必然……その答えは、貴方を選んだのが涼宮さんだったのではなく涼宮さんを選んだのが……」 待ってください! 思わず立ち上がった俺はとにかく何かを言おうとした、このまま説明を聞いていたら何かとんでもない事になってしまうんじゃないか? そんな不安が俺をとにかく焦らせていた。 えっと、今この世界に居るもう1人の朝比奈さんは、未来人だって話を打ち明けてくれた時に数年前のある日よりも以前の時代に戻れなくなったって 言いました。そうなんですよね? 「はい、そうです」 でしょう?って事はやっぱりハルヒが全ての原因なんじゃないですか? 「キョン君が私を背負って涼宮さんとグランドで出会ったあの日、あの日よりも過去に戻れないんです」 黒塗りタクシーの中で聞かされた、あの時貴方が会った涼宮さんは、それより前の時間にはどこにも存在していないんですという古泉の言葉が思い出される。 ……古泉が言っていたのは……じゃあ。 俺の思考の中で纏まらなかった考えが、望まない形に固まっていくのが止められなかった。 「時間変動が観測されたあの日、涼宮さんがこの世に誕生した。まるで今の年代から逆算したかのような年齢で唐突に。そして関係する全ての人間の記憶に 彼女の存在が書き込まれた。そして涼宮さんによって未来人の存在が産まれた、……そう考えればあの日よりも前に戻れないのに説明がつくんです」 それで理解できるのだろうか、朝比奈さん(大)は小さく息をついて口を閉じてしまった。 すみません、さっぱりわからないんですが……。 俺にわかるのは大量に浮かび上がった問題だけです。それも長門でも解けないであろう超難問がいくつもね。 溜息といっしょに再びベンチに座る、しばらくは立ち上がれそうにない。 じりじりとした感覚だけが続く無言の時間の中、俺は何を考えればいいのかわからず、朝比奈さん(大)は今何を考えているのだろうか?と考えてみた。 これで会うのは最後だと言いきったのはこれがはじめてだけど、それは何故なのか? 未来が変わってしまうのなら、何故朝比奈さんは今ここに居られるのか? ……どうすればいいか教えてくれないのは、もうどうしようもないって事なのか……。 結局考えは形になる事はなく、いつしか悩んでうつむく俺を朝比奈さん(大)は優しく見つめていた。 「キョン君……もう、お別れの時間になってしまいました」 静かに立ち上がった朝比奈さん(大)が言い出した時、俺はそれを引き留めても無駄なんだろうなという事はわかった。 ベンチに座ったままの俺を見下ろす女神は、俺を沈黙させるなど容易いほどに綺麗で、今は大きなその眼に涙を浮かべている。 「この時代に来た私は幸せでした。色々恥ずかしい思いもしたけど、楽しい思い出もいっぱいできたもの。それに……」 すっと近寄ってくる朝比奈さん(大)の体が俺に重なり、動けないままでいる俺を抱きしめた腕に力が込められる。 その体は小さく震えていて、それに気づいても俺にはどうしていいかわからなかったのが悔しかった。 「もう1人の私は何も知らないまま消えてしまうけど……忘れないでね……私が居た事、過ごした思い出を」 俺の耳が涙に震えるその言葉を捉えたのを最後に、ふっと俺の意識は途絶えた。 ――居るわけないか。 再び俺の意識が戻った時ベンチに寝ていたのは俺一人で、やはりというか朝比奈さん(大)の姿はどこにもなかった。 俺の服にしみ込んだ水滴の跡だけが彼女の残した痕跡だ。 ……ハルヒは俺の思い込みの産物で、実は俺が神様だって?冗談だよな。いくらなんでも。 このままここに居ても風邪をひくだけだ。気だるい体を起こし、俺は日付が変わろうとしている静かな町を足早に歩いて行った。 SOS団が解散?確かに明日は市内散策の日で、俺達はここに集合する事になってる。だからってハルヒがそんな事を言い出すなんてありえない。 そうさ、あいつは未来永劫にSOS団は不滅だって言ったんだ。 だから俺は、翌日駅前に集合した時にハルヒが珍しい事に遅刻してきた上にポニーテールだったのにも驚いたんだが。 それより何より、全員が揃った所でいきなりハルヒがSOS団の解散を宣言した時は本当に時間が止まったと思った。 むしろ、止まって欲しかったぜ。 一日目 ただでさえ大きな可愛い瞳をさらに見開いて固まっている朝比奈さん。 多少やつれた顔で、それでも笑顔らしい表情を浮かべている古泉。 こんな時でも無表情の長門。その無表情が今は何故か、悲しく感じる。 俺は……俺はどんな顔をしてたんだろうな?自分ではわからないが、きっと間抜けな顔をしてたんだろうよ。 誰も何も言えないでいる中、ハルヒが口を開く。 「急にこんな事を言ってごめん。SOS団はあたしが言い出した事なのに自分でも勝手だって思ってる」 お前が勝手なのはいつもの事だが……。ハルヒ、お前本気なのか? 思わず本音が混じっていた俺の言葉に怒りもせず、何故かハルヒは顔を暗くして視線を外す。 「うん」 うんだと?俺の聞き間違いか? 谷口、国木田。隠れてるなら今すぐプラカード片手に出てきてくれ。鶴谷さんでも部長氏でも誰でもいい! みんなで揃って俺を担いでるんだろ?そうでなきゃおかしいじゃないか? 悪いことはみんな夢だなんて思うわけじゃないが、これはないだろ? 俯いたハルヒの周りに立つ誰もが口を開けない中、再び沈黙を破ったのはハルヒだった。 「じゃあ、これで解散。みんな……今までありがとう」 その言葉は、信じられない事に涙で掠れていたんだ。 今でも信じられないぜ。 やがて、小さく会釈して古泉が去り。 不思議な事に、長門は顔を上げられないでいるハルヒの手を軽く握ってから去っていった。 最後に残った朝比奈さんはハルヒ以上に涙目というか号泣で、俺とハルヒを交互に見ながら状況の説明を目で求めていた。 かといって俺に言える事なんて何もないわけで、無言の時間を過ごしていると……。 「キョン」 俺の名を呼ぶハルヒの声は、いつもの無意味なまでの力強さは無かったけれど、もう涙声ではなかった。 ただ、ずっと俺とは視線を合わせないままで視線は下を向いたままだったが。 「あたしね、SOS団のみんなが好き。もう解散してしまったけど、きっと一生忘れない」 ……俺もさ。 これだけ楽しい時間を過ごした仲間を忘れるような奴が居たら、そいつは健忘症の末期症状か情報の改竄でも受けたに違いない。 ただ、ここで終わりにするのは何故なんだよ? イベントが尽きたなんて言わせないぜ?なんとなくすっきりしないから、なんてふざけた理由でエンドレス夏休みをやったお前なんだからな。 「……宇宙人、未来人、超能力者。そんな普通じゃない何かと過ごせればきっと楽しいってずっと思ってた。ううん、今でもそれは楽しいんだろうって思ってる」 お前には言えないが、経験者から言わせて貰えばそれは楽しいぞ。 平凡な日常って奴が恋しくなるくらいにな。 「でもね、今はそれよりもっと楽しい事があるの」 そう言ってから、ハルヒはようやく俺に視線を向けた。 紅潮した頬と潤んだ視線に、俺は思わず息を飲む。 『そして、キョン君は涼宮さんに告白されて恋人になるの』 大人の朝比奈さんの言葉が蘇り、俺の体に緊張が走った。 まさか……本当にハルヒが? 動揺する俺に落ち着く時間なんて与えてくれるはずもない、そんな所だけはいつものハルヒだったな。 こんな状況で、そんな落ち着いた考えが浮かんだのは何故だろうね? 突然顔を近づけてきたハルヒに唇を奪われた俺は、その柔らかな感触をじっと感じる事ができる程度の余裕があった。 キスしたまま、まるで動こうとしないハルヒ。 ここが日中の街中で人目が無ければ俺もしばらくこうしていた……ってここにはまだ朝比奈さんが! 眼球の動きだけで視線を動かすと、俺達を見つめる天使は口元を両手で隠しながら涙眼のまま微笑を浮かべている。その表情に驚きが無い気がするんだが……。 どれ程そうしていただろうか。 ようやく唇を離したハルヒの第一声は。 「バカ」 だった。 なんていうか……お前らしいな。 「う、うるさい」 ハルヒはいつものペースを取り戻した様な気もするが、その顔は真っ赤なままで見ているとこっちまで赤くなりそうだ。 離れるまで気がつかなかったが、どうやらハルヒはキスしている間ずっと背伸びしていたらしい。 今は恥ずかしそうに視線を泳がせているハルヒのポニーテールが、俺の目の前に見えている。 えっと、今のは……つまり。 なんて聞いたら怒りそうだが、聞くしかないよな?でもなんて言えばいいんだ? 「みんなと居る時も楽しいけど、あんたと2人で居る時の方が楽しいの。でもみんなが嫌いって事じゃなくて大好きなんだけど、あんたは……その、 特別っていうか。2人でずっと一緒に居たいって思って……その。あ、あんたも何か言いなさいよ!」 言ってるお前も恥ずかしいだろうが、聞いてる俺も恥ずかしいぞ。ついでに言えば朝比奈さんはもっとだろうさ。 ハルヒ。 「な、何」 俺の言葉に身を震わせるハルヒは、いつもと同じ強気な暴君の様に胸を張ってはいたが。その手は震えていて、俺を見返す瞳には脅えが浮かんでいた。 未来の朝比奈さん、あなたが聞いたセリフってのは俺が今から言う言葉と同じですか? すっと今の朝比奈さんへ視線をずらすと、ハルヒの顔が一気にこわばる。 俺の視線を受けた朝比奈さんは戸惑って何か言おうとしているが、俺はそれを片手で制した。 さあ、ジョン・スミス?お姫様がお待ちだ。さっさと言っちまえ! ハルヒへと視線を戻した俺は口を開き……。 何で俺なんだ? ハルヒと付き合いだした俺が最初に思ったのはそれだ。 面白さって事なら我ながら特に特徴の無い俺を、魏の唯才令曹が如く人外の逸材を求めていたハルヒが必要とする要因なんて何一つないだろう。 外見?自慢じゃないが、俺がモテるようなルックスじゃない事くらい自覚してるさ。 じゃあ何だ? そんな質問をハルヒが嫌うって事だけは知っている俺は、1人になるたびに答えの出ない自問自答に耽っていた。 まあ、あまりに自分を否定する材料しか出なくて途中で止めたけどな。 「お待たせ」 トイレから戻ってきたハルヒが自然に腕を絡ませてくる。それを恥ずかしいとは思うのだが、ハルヒがやけに嬉しそうなんだから恥ずかしいくらいは 我慢するとしよう。 「あ、カラオケ!入ろう?」 ああ。 本日SOS団でする予定だった市内散策は、そのままデートに形を変えて実行されていた。 もちろんここにいるのは俺とハルヒだけ。 告白の場に居た朝比奈さんの姿はいつの間にか消えていて、俺は彼女が未来へ帰ってしまったのではと狼狽した。 しかし、俺の携帯にいつの間にか届いていたメールを見てほっと胸を撫で下ろす事になる。 『実は、少し前から涼宮さんから好きな男の子が居るって相談されてたんです。涼宮さんの事を大事にしてあげてくださいね』 返信はまだしていない。何て打てばいいのかわからないしな。 かつてお前に、こんなおかしな事は止めて彼氏でも作って一緒にデートでもすればいいと言った事はあったが……まさか俺が彼氏になろうとはね。 人生何が起きるかわからないよな、ただの高校生でしかない俺が時間旅行に閉鎖空間を経験するとか、今時小説にもならない設定だぜ。 何より、お前と俺が付き合うなんてのは、これこそ事実は小説よりも奇なりって奴だろう。 カラオケはまだ日中という事もあって大部屋も含め殆どの部屋は空いてはいたのだが、俺達は2人だったので受付から案内された部屋は3人も入れば 手狭に感じるような小部屋だった。 店員の説明も終わり、扉が閉まって2人っきりになった途端。 「キョン」 呼びかけに振り向いた俺の唇を、再びハルヒの柔らかなそれが塞いだ。 今度は学習していた俺は、少し屈んでそれを受け止める事に成功する。 姿勢が楽だったせいか、さっきよりも長めのキスを終えたハルヒはまた顔を紅潮させていた。 沈黙に耐えられず、とりあえず座ろうとする俺の背後から問い詰めるような声がする。 「前に」 ん? 「前に市内散策した時。有希と、その。何もなかった?みくるちゃんとも!……べ、別に何かあっても今は無いならいいんだけど……」 ……ああ、あの図書館と公園に行った時か。何か懐かしい気がするな。 恥ずかしそうに口を曲げるハルヒはいったいどんな想像をしてるんだ?俺がそんなにもてそうに見えるのかよ。 まあ、あの2人に関して言えば恋愛以前の問題だったんだがな。 あのなあ。あれはみんな出会ったばかりの頃だろうが、そんなすぐに人を好きになったりすると思うか? 「あたしは!」 抗議するように声をあげてハルヒが詰め寄ってくると、座ったばかりのソファーの端に俺はおいやられた。 体勢を崩した俺を押し倒すようにして、ハルヒが俺の胸の辺りを見下ろしている。 「あたしは……ずっと。自己紹介の時に振り向いたあんたを見てから、ずっと気になってて……好きだったんだもん」 そこまで言い切った直後、ソファーに置かれたクッションが俺の顔目掛けて次々と飛んできた。 俺も顔が真っ赤だったはずだからそれはありがたかったんだが……。今のは本気か?その割には俺に対して常に攻撃的だったと思うぞ。 クッションの壁をようやく切り崩した時、ハルヒは何事も無かった様な顔でリモコン片手に曲を入れていた。 まだ顔が真っ赤だったのは見逃しておこう。 ハルヒ。 「ひゃっ?!」 俺に呼びかけられてハルヒが変な声を出して振り向く。 飲み物、何か飲むか? 内線を持つ俺に向かって、またクッションが飛んできたのは言うまでもないだろうね。 それから数時間の間、延々と2人カラオケが繰り広げられる事となった。 ハルヒは文化祭の時同様に素人とは思えない歌唱力を発揮して、俺はもっぱらお笑い担当だったのは適材適所って奴だろうよ。 異様なテンションの高さに飲酒を疑われるような2人だったのだが、俺は心のどこかでここに長門や古泉、朝比奈さんが居ない事に違和感を感じていた。 「キョン」 ん? 不思議なもんだ。 俺がそうやってハルヒ以外の事を考えていると、必ずハルヒはそれを察知したかのようにキスをねだってきた。というか奪いに来る。 短い時間のキスが終わると、決まってハルヒは寂しそうな顔をした。 今思えば俺はなんであんなにのんびりとしていられたんだろうな。 ハルヒが彼女になったのにって話じゃない、このままだともうすぐ4人が消えてしまう日が来るかもしれないって話さ。 夢見たいな事が現実になっちまったせいか知らないが、ともかく俺はハルヒとの時間を過ごす事に文字通り夢中だったんだ。 二日目 「ふ~ん……これがキョンの部屋なんだ」 あれ、夏休みに来た事あったじゃないか。 「あの時はみんなも居たじゃない。今日は、なんだか違う部屋みたい」 本来の主である俺よりもずいぶん軽いであろう体重を支えているベットは、それだけで他人の物みたいに見える。 今日もハルヒはポニーテールだ。 昨日も思ったが髪の長さが足りないせいでぴこぴこと跳ねるそれは、見ていて飽きることがない。 きょろきょろと落ち着き無く部屋中を見回すハルヒは、それなりに緊張しているようだな。俺もだが。 俺はそんなハルヒを椅子に座って眺めていた。 昨日、ハルヒとこれでもかと言う程に遊び倒してから別れた後『明日はキョンの家に行っていい?』とメールが来てからの数時間、俺は自室の掃除に 大慌てだった。 突然の行動に変な所でカンのいい妹は「キョン君!彼女?ねえ彼女が来るの?誰?有希ちゃん?」と騒ぎたて、それを聞きつけた母親も部屋を覗きに 来ようとするのを阻止しながら、何とか恥ずかしくない程度に掃除が終わったのは日付が変わった頃だった。 やれやれ、今は寝不足が続いていいような平時じゃないと知ってるのは俺だけってのはいくらなんでも不公平じゃないか? あ、古泉と長門も知ってるんだったな。 最後の最後まで抵抗を続けた妹は正午を過ぎた今もなお熟睡中で、母親は変な気を利かせてか外出中。 物音一つしない俺の部屋の中で、それまでイージス艦よろしく何かを探していたハルヒの視線がようやく止まった。 「あ、それってアルバム?」 そう言ってハルヒは本棚を指差してこっちを見てきた。緊張していた顔にようやく楽しそうな表情が浮かんでいる。 俺が頷くと、ハルヒはそれを見てもいいと解釈したらしくさっそくアルバムを取り出して膝の上に広げた。 「ふ~ん……。知らない顔ばっかりね」 学校が違うからな。 ハルヒが見つけたアルバムは中学の卒業アルバムで、当然俺の写真なんてクラスの紹介以外には殆ど無い。 行事で活動的に動くような生徒でもなかったし、部活動でも目立ってた事も無い。 そんなのんびりとした生徒をわざわざ写そうとする奇特な教師が居るわけも無く、見つけられた俺の写真の全てが小さな集合写真だったのは当然だろう。 どうやらハルヒはそれが不満なのか、小さな写真まで細かく調べていった。 まあ、気が済むまで見てればいいと思っていたのだが。 「あ、あのさ。中学の時にキョンは誰かと付き合ったりしてなかったの?」 アルバムに視線を落としたまま、ハルヒが呟く。 思わず一人懐かしい顔が思い浮かんだ……が。 してなかったぞ。 嘘をつくまでもなくこれは事実だ。 「そっか」 あっさりと告げた俺の言葉に満足したのだろうか、ハルヒはそれ以上追及する事無くアルバムを閉じて本棚の元の位置に戻した。 そしてそのままの姿勢で固まっている。 「これってもしかして有希の本?」 タイトルだけでよくわかったな。 まあ内容も見た目も軽い本が並んだ棚の中で、その本だけが分厚くて目立つのはわかる。 ハルヒの視線の先には、以前長門に借りたあの本があった。返さなくていいと言われて持ってはいるが、俺が何度も読むとは思えないし返した方が いいんじゃないだろうか。 借り物だけど読んでみるか?お前が気に入りそうな内容だったぞ。 「う、うん。また今度ね」 ……さっきから、というよりもこの部屋に部屋に入ってから変だな、こいつ。それとも俺が変なのか? 「あのさ」 ん? 「急に2人になると何か照れるよね」 そうだな。 平然としてるつもりだが、正直緊張しているぞ。 「でも、みんなが居る時はこんなにキョンと二人っきりで居られないし……。その、キョンは楽しい?……あたしと二人で居て」 緊張した顔で見つめてくるハルヒは、なんというかここで間違いが起きても仕方ないような可愛さだった。 椅子の背もたれに跨っておいてよかったぜ。すぐには馬鹿げた事をしないですむ。 一緒に居たくなかったら、部屋に入れたりしないだろ? 「……そっか、うん」 嬉しそうに俯くハルヒの仕草に、自然に手が伸びていた。 これくらいならいいよな?そう自分に言い訳しながら、ハルヒのポニーテールをそっと撫でてみる。 「ぃひゃ?!な、なに?」 今の俺とハルヒの間には閉鎖空間みたいな見えない壁がある気がする。 それは今まで一緒に過ごしてきた友達という関係で、その一線を越えちまったら今までの様には接する事ができなくなる。そんな壁だ。 自分からその壁を壊しにきたハルヒでさえ、今以上の関係になる事には躊躇いがあるのを感じる。 ……そうだよな、みんなで過ごしてきた時間はそんな簡単に手放せるような物じゃないもんな。 もしかしたら、俺達が恋人同士になってもSOS団を存続させる道はあるのかもしれないが、ハルヒは自分が一番望む事でなければ笑ったりしないだろう。 それがわかっているから解散したんだもんな。 でも今なら、まだ引き返せるかもしれない。 恋人ではなくSOS団の仲間に。 ハルヒは……いや、俺はいったいどちらの関係を望むんだろうか? とまあ俺達の関係もどうすればいいかわからないが、長門達が言うように本当に4人は消えてしまうかもしれないって問題のほうはさらに手詰まりに なっている。 いつもの様に誰かに相談する事もできない、かといって時間が進むのは止められない。 ――答えの出ない疑問を抱えたまま、最後の日がやってきた。 三日目 四日目 放課後の部室棟、誰も居ないであろう文芸部の部室の前で俺は立ち尽くしていた。 ここはもう元文芸部ではない。 廊下には文芸部と書かれたプレートがあるだけで、SOS団と書かれた紙はもうない。つまり本当に文芸部だって事だ。 もしろ最初からそんな紙は無かった事になっているんだろうよ。 触ってみてはいないが、プレートの上にセロテープが貼ってあった痕跡も無く、代わりにそれなりの年月で降り積もった埃が乗っているはずだ。 現状は、俺が長門の力によってハルヒの居ない世界に迷い込んだあの時よりも状況は悪い。 なんせ誰も居ないんだもんな。 頼るべき相手どころか相談相手も居ない。……そして俺には特別な力なんて無いんだ。 ドアノブに手をかけてみたが回す気になれず、俺は手を離してその場を後にした。 家に帰る気にもなれず、教室に戻った俺は机にその身を委ねてこのまま机の一部になろうとしていた。 俺の席は窓際の後ろから……一番目。 後ろの席になるべき場所に机はなく、そこは空間が広がっているだけ。 朝、教室に入った時にその状況を見ても俺は驚かなかった。 こうなってるだろうって予想はできてたからな、変わりに朝倉が居ないってだけいいのかもしれん。 ……いや、本当は朝倉でもいいから居て欲しかったな。 「お、まだいたのか」 声に続いて聞こえてきた足音は二つ、多分谷口と国木田だろう。 その音に振り向くだけの行為も面倒くさく、俺は夕焼けに染まろうとしている空を視線だけで見つめ続ける。 「なんだよキョン、世界の終わりみたいな顔して?」 言いえて妙って奴だな。 「はぁ?」 ある意味、主が居なくなったこの世界は終わってしまってるんだろう。 みんな居なくなってしまった。寡黙な宇宙人も、天使の様な未来人も、ゲームの弱い超能力者も……そしてあいつも。 1人残された俺にはのんびりとした平凡な日常が待っているはずだ、それは俺が望んだからなのか?望んでないとは言えないけどな。 「何意味不明な事言ってんだ?」 ……谷口。 「あ?」 俺が今から聞くことは無駄な事だ、自分でもそれは分かってる。 どうにも力が入らない体をなんとか起こし、奇跡って奴がもう一度起きないか願ってみた。 お前、涼宮ハルヒを知ってるか? 「すずみや……知らねぇな。どんな字を書くんだ?」 国木田はどうだ?長門有希、朝比奈みくる、古泉一樹。聞いた事のある名前は無いか? 「ん~……聞き覚えのない名前だけど。新しい芸能人か何か?」 そうだよな、初めから何も無かった事になってるんだもんな。 ここは長門が作ったようなIFの世界でもハルヒが無意識に作ってた閉鎖空間でもない、ただの現実。それはわかってるんだ。 「休み明けからお前変だぞ?何があったかしらねえが元気出せって」 ありがとよ。 でもな、俺が何もする気にならないのは仕方ない事じゃないか? 魔法以上の愉快が、限りなく降り注いでいた日常が終わってしまったんだ。何事も無い日常って奴に慣れようにも時間が要る。 再び机との同化作業に戻った俺を残して、二人の足音は遠ざかっていった。 時間の経過に合わせて空はその姿を変えていき、沈んでいく太陽が教室内を赤く染めていく……。 圧力を感じるような光の中、俺はふと背後に気配を感じて振り向いてみた。 しかしやはりそこにはハルヒの机はなく、不自然に広い空間が広がっているだけ。 終わり……か。 今日という一日が終わって過去になり、明日が来る。その繰り返しの中で古い記憶は薄れていき、いずれは消える。それは避けられない事なんだよな。 そうやって理屈を並べて自分を理性的に納得させようとする感情と、それを否定する感情が心の中で戦っているのがわかる。 否定するそれは、ただ単純にあの頃……つまりは数日前に戻りたいと叫んでいた。 俺だってそうしたいさ、朝比奈さんや長門や古泉ともう一度会いたい。ハルヒとも……。 「見ないで」 悲しそうなハルヒの顔が一瞬浮かんで、消える。 あいつ、もう俺とは会いたくないと思ってるかもな。 それまで低かったはずの体温が急に上がるのを感じる、心臓が勢いよく鼓動しだしてまるで今から全力で走り出そうとしているみたいだ。 だらりと垂れ下がったままの腕に力が入り、掌もじっと汗ばんでくる。 あいつが会いたくなくても、俺は会いたい。 ……それだけでもいいよな? 俺は殆ど体温と同じくらいまで温まっていた机から身を起こし、真っ赤に染まった教室を出て行った。 まずはどこだ?いや、考えるまでも無い全部だ! 俺の足は、昨日カマドウマ以下であると確定した俺の頭が動き出す前にすでに走り出していた。 最初に向かったのは屋上の扉前、ハルヒに部活を作る手伝いをしろと脅された場所だ。 夕方の校舎はすでに照明も落ちていて薄暗かったが、探す場所も無いほどにそこには何もない。 ……次は、部室だな。 俺は階段を登ってきた勢いそのままに階段を駆け下りていく。 元文芸部であり元SOS団部室でもあった現文芸部の中には、やはり見覚えのある物は何もなかった。 長門の時に一回経験してるからな、ここまでは予想範囲内さ。 しかし、あの時と違うのは旧式のパソコンもすらもここには無いって事だ。 正直失望もあった。だが、諦めるのはまだ早い。 壁際に置かれた本棚に向かうと、さっそく端から順に調べていく。 今回も栞があるとは限らない、小さなヒントも見逃さないように丁寧にページをめくっていく……。 無いか。 本棚の本を全部調べ終えた時、思わず独り言が出てしまった。 薄暗かった部室は今は照明をつけているので明るいが、外はすでに日が落ちていてグランドにも人影は無い。 探し物をしている間に用務員が一度部室を訪れたが、必死に調べ物をしている俺の姿を見て勉強の為とでも勘違いしたのかあっさりと引き上げてくれた。 次はなんだ? あいつは俺に部活を作る規則を調べさせて、自分は部室とメンバーを準備したんだったな。その後どうなった? ……最初、ここに長門が居た。 あいつがいつも居た窓際に、今はパイプ椅子は置かれていない。 そして、朝比奈さんが拉致されてきた。 ハルヒの興味が向くままに集められていった朝比奈さんの衣装がかかったハンガーは、その姿を消している。 最後に、転校してきたばかりの古泉が連れてこられた。 弱いくせに次々と持ち込んできたあいつのゲームは、部室のどこを探しても見つからない。 SOS団に関わるものは何もかも無くなっている、そんなのはわかってるさ。 とりあえず座ろうと思い、部屋の隅にあったパイプ椅子を広げて置いた時、俺の脳裏に僅かに熱をもった視線で見上げるあの宇宙人の顔が浮かんだ。 「なんだい君は。入部希望者かい?」 無駄にエアコンが効いた部室に入ってきた俺を迎えてくれたのは、奇異の目で見上げる部長氏の顔。 そしてモニターから視線を上げようともしない部員達だった。 どうみても初対面って感じだな。俺達は面識すら無いって事になってるらしい。 入部希望じゃないんですが、コンピ研に興味があって来たんです。 「はぁ?……もしかして、文化祭で我々のゲームをプレイしたのかい?」 部長氏のその言葉に俺は思わず息を飲む。 思い出されるのはSOS団に挑戦状を持ってきた部長氏、先手必勝と蹴り飛ばすハルヒ、宇宙空間を彷徨う朝比奈さん、のりのりな超能力者。 ……そして僅かに目を輝かせた宇宙人。 頼むぜ、何か手掛かりがあってくれよ? 俺はなるべく専門家っぽい表情を浮かべて部長氏のパソコンを覗き込んだ。 どこかで見たことがあるモニターだとは思ったが、これはハルヒが強奪した例の最新型パソコンじゃないか。 あるべき場所にあると違うように見えるもんだな。 不審げな視線を送ってくる部長氏を無視しながら、俺は言葉を選んで話し始めた。 The Day Of SagittariusuⅢには、チートモードがある。 俺の言い終えるのと同時、部室の中に響いていた無機質なタイプ音が瞬時に止まる。 「……な、何の事だい?」 声は笑っていても、モニターに写ってる顔が笑ってないぜ?部長さん。 索敵モード、オフ。 続く俺の言葉で、部員の間に緊張が走るのがわかる。そして何より部長氏の顔は引き攣っていた。 さらにワープ機能。 「ど、どうやって調べたんだ?配布版には編集機能は無いし、何よりロックしてあるプログラムを解析できるなんてただの高校生とは思えない……君、名前は?」 急に熱意に満ちた目で見つめてくる部長氏に、俺は何て答えればいいのか? ここで答えるべき名前はこれしかないだろう、ある意味俺には魔法の言葉だ。 ただの一般人でしかない俺に、ほんのちょっとの勇気をくれる名前。 ……待ってろよ?ハルヒ。 俺は久しぶりに胸を張って口を開いた。 聞きたいのはハンドルネームですよね?俺はジョン・スミスです。 それから俺は部長氏にSOS団の事を聞いた。まさか知って無いだろうと思ったのだが、 「ああ、知ってるよ。僕のお気に入りにいつのまにか登録してあったんだ。カウンターとTOPページがあるだけのHPで何なのかわからないんだけど、 何故か消去する気になれないんだ」 一気に道が開けたのかと期待した俺だったが、残念ながら部長氏が知っているのはそのサイトだけで、長門や古泉、そしてあんな事があった朝比奈さんと ハルヒの事も知らなかった。 それにしてもあいつの痕跡が何故この世界に残れたのか? 俺に正確な答えが出せるとは思えないが、あのサイトはハルヒが指示して、俺が作った物だ。 つまりこのサイトは、シンボルマークを除けばパソコンに向かう俺の後ろでがなってた指示だけしかハルヒは関わっていない事になる。 ここで正確な事がわかるはずもないが、とにかく俺はみんなとの繋がりを見つけた事に喜んでいた。 部長氏のパソコンでさっそくそのサイトを見せてもらうと、そこにはあの長門改編による「ZOZ」団のロゴが現れる。 カウンターは一万を超えたままだ、数日前に見たはずなのに懐かしさがこみ上げてくるのを止められないぜ。 URLに数行足して、編集者モードに入りログインパスワードを入れる。 「これってあんたのサイトなのか?」 パスワードは正確に認知され、画面は編集画面へと切り替わった。よかった、間違いなくこれは俺が作ったサイトらしい。 まあそんなもんです。 「もしかして……他人のパソコンのお気に入りに自動登録させるウイルスか何かなのかい?凄い技術じゃないか!」 変な方向へ勘違いしてくれている部長氏は無視したまま、俺はブラウザを閉じて、次の行動に移った。 スタート、検索、対象はドライブ全部で形式はJPG・・ 「ちょ、ちょっと待ってくれ?」 ああ。そうか、高校生のパソコンに見られたらまずいものがないわけないよな。 検索対象を変更、フォルダ名mikuruを検索。 ……だめか。 検索結果は0件が表示されている。 朝比奈さんの存在が無かった事になってるのに、画像が残ってるわけないか。 「い、今のはなんだったんだい?もしかして君のプログラムの痕跡を探してみたとか?」 適当な言い訳を考えるまでも無い、部長氏は勝手に勘違いを継続してくれているようだ。 まあそんな所です。 少なくともこれで、実は俺は精神障害者で今までの出来事は全て妄想に過ぎなかったなんて事はなかったわけだ。 だからといって状況が好転しているって事でもないけどな。 部長氏にパソコンを明け渡し、また来ますとだけ言い残して俺はコンピ研の部室を後にした。 う~寒い。 そう自然に口から出るほどに、いつの間にか外の気温は下がっていた。 地球温暖化の影響って奴かは知らないが、日中と気温の差がありすぎるんだよな。 防寒面でまるで役に立たない冬制服を恨みつつ足早に校門を出て、そのままいつもの下り坂を降りていく。 すでに周りに生徒の姿はない、まあ街灯がついてるような時間だから当然といえば当然だ。 寒さを振り払うように自然と速度を上げて歩いて行くと、次の目的地である女子校が見えてきた。 自然に思い出されるのは髪の長いあの世界のハルヒと、思いっきり足を蹴られた時のあの痛みだな。 ふと、女子高の前に誰かが立っているのが見える。 それは腰辺りまで伸びた長い髪に、黄色いカチューシャをして……って。 寒さに震えていた体がさらに温度を下げた気がしたのに、それは不快な寒さではなかったというかなんとも説明しようがないね。 気のせいでなければ、その人影もどうやらこちらを見ているようだ。 距離にして30メートル程度しか離れていないから、顔までは見えないだろうけど俺の姿は確認できていると思う。が、何のリアクションもない。 気がつけば止まっていた足を何とか前に踏み出す。 何故俺はびびってるんだ? あれがもし、「あの時のハルヒ」だとしても、俺が恐れなくちゃいけない理由なんて何もないはずだ。 それに俺は女子高があの時みたいに共学に変わっていて、ハルヒが居る事を望んでいたはずだろ? だからこうしてここに居るのに、無駄に激しい胸の動悸は治まりそうにもない。 そして残り10メートル程の距離まで来た、……すかさず漏れる溜息。 おいおい、俺はどうあって欲しかったってんだよ。 そこに居たのはハルヒでも、そしてあの時のハルヒでもない――ただの知らない女生徒だった。 近づいてきた俺が自分を見ているのに気づいて、女生徒は小さく会釈しながら不審げな眼をしている。 まあそうだろうな、通りすがりの男子高生が自分を見ていきなり溜息をついてんだから。 俺も適当に会釈のような素振りをして、足早にその場を通り過ぎた。 横目に見た女子高はどう見てもいつもと同じ校舎のまま、これまたよく見れば女生徒の制服もいつもの女子高の物のままだった。 軽い失望と不思議な安堵感と共に次に俺が向かったのは……。 手慣れた操作でタッチパネルを操作していくと、安っぽい電子音とともに自動扉は開いていく。 覚えていた暗証番号が使える、って事は少しは期待できるかもしれないな。 公園を出て例のマンションへとやって来た俺は、久しぶりに自信に満ちた顔でさっそく長門の部屋へと向かった。 しかし現実って奴は厳しい。 708号室の前に取り付けられたインターホンはいくら鳴らしてもなんの反応もなく、当然オートロックで守られた扉は固く閉ざされている。 留守……って可能性もなくはないが、あいつが部室とマンション以外で行きそうな場所となると図書館くらいしか思いつかない。 その図書館だってこんな時間じゃもう閉まってるよな。 違う人が出てこなかっただけまだ救いはあるが、それだけで喜べるほどプラス思考にはなれそうにないぜ。 他の三人の家なんて知らないし、覚えていた携帯番号も全員そろって使われていないのガイダンスが流れてくる。 何をしていいのかわからない時間が、確実にやる気のゲージを削り取っていく。 ……これからどうすればいいんだ? ドアに背を向けてもたれると、視界にはネオンに彩られた夜の街がどこまでも広がっている。 長門の世界で時間制限をかけられてた時の方がまだよかったよな。 あの時は制限があったからこそ可能性もあるんだって思えていたが、今回みたいに何のヒントも何の手がかりも……というよりも、 可能性すら感じられない状況では期待し続ける事が難しい。 見知らぬ上級生になっていた朝比奈さんも、転校して来なかった古泉も、文芸部で一人過ごしていた長門も居ない。 そして、ハルヒも。 もうあきらめろよ? そう、自分の中の理性が言っているのがわかる。徒労感が味方しているのか今度の理性はやけに強気だ。 ただ、平凡な日常に戻るだけだろ?それに慣れるように努力した方が前向き。違うかい? ……そうかもな。 今の言葉、本気で思ってるか?考えてもみろ、これから進路だテストだって忙しくなる。そうなった時に今までみたいな事をしてたら後で後悔するぜ? そう考えたら、今の状況は悪くない。やっと周りの連中と同じに戻れただけじゃないか。俺の言葉に反論できるんならしてみろって。 ……。 何事もな、済んでしまったら寂しくなるんだよ。ゲームが終わってもアニメが終わっても恋愛が終わってもな。そうなった時に未練たらしく思い続ける よりも、他にやるべき事を見つけて努力する事が人生において最も大切であってだな。 黙れ。 思わず声が出た自分に驚きながらも、俺は急いで左右を見回した。 ……よかった、誰もいないか。 末期症状だな。いくら突っ込む相手が居ないからって、自分で自分に突っ込んでどうするんだよ? 突然、静かな廊下に携帯の着信音が鳴り響く。 コンクリートの壁に反射されたそれが響き渡る中、俺は急いで携帯を取り出して相手も確認しないまま受話ボタンを押した。 「あ、キョン君?今日は遅いね!どうしたの?」 甲高い妹の声を聞きながら小さくため息をつく、そういえば連絡してなかったな。 悪い、今日は遅くなるから夕飯は要らないって伝えておいてくれ。 「おかーさーん。キョン君ごはんいらないってー…………うん…………お母さんが何時に帰ってくるのって?」 わからん。 「わからんってー」 妹がおそらく母親へ向かって叫んでいるのであろう無駄にでかい声を聞きながら、俺は通話終了のボタンを押した。 そしてそのままマナーモードに設定して携帯をしまう。 これからどうすりゃいいのかも、もうわかんねーよ。 それからしばらくの間、無音で振動を続ける携帯を無視したままで俺は変わらない様で変わっていく夜の街並みを眺める事にした。 ――どれくらいそうしていたんだろう。 いつの間にか冷たかったはずのドアは俺の体温でそれなりの温度に上昇していて、代わりに夜の外気にさらされていた俺の体は冷え切っていた。 うわ、もうこんな時間かよ? やれやれ……結局4日連続で日付を超えるまで起きてる事になるな。 取り出した携帯の時間にため息をつきながら、俺はエレベーターへと向かって戻り始めた。 安全の為か常時照明がついているエレベーターのフロアに辿り着くと、階数表示のパネルの数字がゆっくり増えて行くところだった。 なんとなく下を押すのが躊躇われて待っていると、階数表示はそのまま数字を増やしていきやがて俺が居る階。つまりは7階にたどり着いて止まった。 エレベーターの扉が開くとそこには……。 「お久しぶり。……何よ、そんな不思議そうな顔をして」 そいつは当たり前の様に俺の手を掴んでエレベーターへと招き入れると、そのまま5階のボタンを押した。 7階に用があったんじゃないのか? 「久しぶりに帰ってきたクラスメイトに、そんな冷たい態度はないんじゃない?」 そいつは無邪気な様で邪気たっぷりにしか見えない顔で俺の顔を見ながら笑っている。 つい先日刺されたばかりの俺が間違えようもない――そいつはどうみても朝倉涼子だった。 エレベーターの中には何故か大量の荷物が山積みに置かれていて、しかも朝倉はこの寒さの中でどうみても夏向きな半袖の服を着ている。 「何でこんな格好なのか気になる?」 別に。 お前が男装をしていようがメイド服を着ていようが知ったこっちゃねーよ。 「無理しないの。貴方の力になる為に戻ってきてあげたんだから」 俺の力に?お前が? 台詞が終わるのを待っていたかのようにエレベーターは下降を止め、扉が開いていく。 「荷物を運ぶの手伝ってもらえるかな?重くて大変だったの」 嘘つけよ。どう考えても普通の女一人で運べるような荷物の量じゃないが、お前が普通じゃないって事ぐらい覚えてるぞ。 と、言いたかったのだが。俺は素直に朝倉の部屋まで荷物を運んでやることにした。 やっと見つけた手がかりだ、たとえ自分を2度も殺そうとした相手だからって嬉しくないわけじゃないしな。 朝倉の部屋、505室の中は長門の部屋と同じ間取りなのだが壁紙もカーテンも無く長門の部屋以上に殺風景だった。 「一人暮らしの女の子の部屋に入れたからって、変な事考えちゃダメだからね?」 馬鹿な事を。 変な事ってなんだ、情報連結の解除か? 俺の言葉に、朝倉は驚いたような嬉しそうな表情を浮かべた。 「ふ~ん……って事は君は全部覚えてるんだ。やっぱりね」 エレベーターと部屋を十数回往復してやっと荷物を運び終えた俺がソファーに座っている回りを、朝倉は楽しそうに歩いては次々と荷物を開封していく。 ふと目についた荷物のタグには、見慣れない英単語が並んでいた。 まあ見慣れた英単語なんて無いんだが。 朝倉、お前どこか外国へ行ってたのか? 「私がどこへ行ってたのかは知ってるでしょ?」 紐で縛られた食器を運びながら朝倉は笑っている、俺が知っているだって? 俺が知っているお前は長門に消滅させられて、建前上カナダへ行った事になり。その後、俺を殺そうとしてだな。 「今言ったじゃない」 なんのことだ? 「私は建前上、カナダへ行ったのよね」 そうだな。お前が消えちまった事を長門がそうやってごまかしてくれたんだろうよ。 「ヒント、涼宮さんが思った事はいったいどうなりますか?」 何を突然……。 「いいから答えてよ」 ハルヒが思った事はその通りになっちまう。これでいいか? 「正解!長門さんが私の情報連結を解除した事を涼宮さんは知らない。そして私はカナダへ行ったと聞いた……」 思いつくまでに数秒かかった。 ……まさか! 驚く俺を見て、朝倉は嬉しそうに笑っている。 ハルヒは朝倉が転校したと本気で思ってる、なんせ実際にここまできて探しまくったんだからな。 だから本当は消えてしまった朝倉は、ハルヒの思い込みのせいで本当にカナダに行った事になったってのかよ? 「長門さんも私がカナダに再構築されてた事には気づかなかったみたいね。……でもそれって、気にしてなかったからチェックもしなかったって事だから ちょっとショックだけど……そのおかげで助かったんだから、結果オーライって所かな」 それで?何で帰ってきたんだ。3度目の正直で俺を殺したくてか? 1度目はナイフが掠っただけ、2回目は奇跡的に致命傷にはならなかったがしっかり突き刺してくれた。次はなんだ? 「3度目?」 覚えていないというよりも本当に知らないらしく、朝倉は不思議そうな顔で俺を見ている。 ああ、あの時の事は知らないのか。気にするな。 「気になるから教えてよ?それに涼宮さんが居なくなった今、私は貴方に殺意なんて持ってないから安心して?」 その言葉に俺は少なからず、いやかなり動揺した。 何でハルヒが居ない事を知ってるんだ?いや、それよりハルヒが居ないのを知ってるならなんでここに来たんだよ? 「そんなに一度に質問しないで、それに私が先に質問してるの。質問に質問で返すなんていけないよ?まずはそうね……涼宮さんの居なくなった時の話がいいな」 そう言って俺が座るビニールに包まれたままのソファーの向かいにあった、まだ封を開けていない段ボールの上に朝倉は座った。 どうやら話を聞くまでは何も教えるつもりは無いらしい。 終始嬉しそうな顔をしている朝倉相手に、俺はこれまでの事を話し始めた。 俺は昨日の事は一生誰にも話せないだろうと思っていたが、本当はやっぱり誰かに聞いて欲しかったのかもしない。 一度開いた口は止まらず、聞き役に徹している朝倉相手に俺はゆっくりと事の顛末を話していった……。 3日目 「ねえキョン」 なんだ? 「なんだかさ、休日の校舎って不思議な感じよね」 そう聞いてくるハルヒは、極上のスマイルに少しの緊張をブレンドした顔で……惚気でしがないが、俺はそれを素直に可愛いと思った。 もちろん今日もハルヒはポニーテール、三日連続だが一向に飽きる気がしないね。 あの日。 結局、一日俺の部屋で過ごした俺とハルヒなのだが。 ハルヒのポニーテールを触っている時に妹が乱入してきてからは特に何事もなく、妹相手にハルヒが暴れまわって何故か料理大会にゲーム大会と続いて いつの間にか日付が変わっていた……とまあそんな感じだった。 つまりは、朝比奈さん(大人)が言うような展開も何一つ起こらなかった訳で、俺は密かに危険は回避できたと思っている。 ハルヒと、その、なんだ。表現する事に制限がかかるような展開があってみんな消えるって奴の事だ。 少なくとも、俺とハルヒの間にそんな出来事はなかった断言できるぞ。 「朝比奈みくるの異時間同位体が知っている知識は、これから起こるはずであった選択肢の一つ」 ハルヒが帰った後、これでもう大丈夫なのか?と長門へ送ったメールの返事がこれだ。 なんとも素敵にわかりにくいが、なんとなく意味は通じる気がする。 でも、朝比奈さん(大人)が言う歴史通りにはならない可能性もあるんだよな? と聞いてみると。 「絶対の歴史はどこにも存在しない」 という何とも頼りがいのある返答が返ってきた。 「何にやけてんの?」 ん、いやなんでもない。 「変なキョン」 にやにやしている俺に疑いの眼差しで見つめるハルヒだが、流石に今の俺の心境までは見通せないだろうよ。 静かな部室棟を俺達二人は歩いて行く、目的はもちろんSOS団の部室だ。 部室のドアの前で俺はふと足を止めた。 「何見てるの?」 ん?ああ、これだ。 俺が指さしたのは、文芸部の看板に張られたハルヒ直筆のSOS団と書かれた元A4紙だ。 「ああ、これね。ちゃんとした看板の方がいいのかな」 隣に立ってハルヒも看板を見上げる。 そうじゃなくて、俺はSOS団が解散したなら文芸部に部室を明け渡すべきじゃないかと思ったんだが……まあいいか。 俺はお前が書いたこれも好きだけどな。 そういって俺は部室の扉を開けたのだが、何故かハルヒに背中を叩かれた。 何故だ? さて、どうして俺達がわざわざ休日の部室棟なんて所に居るのか?と思っている人も居るかもしれないな。 それにはちゃんとした訳がある、つまりは俺とハルヒの関係は結果的に彼氏彼女、俗に言う恋人って状態になったわけだ。 だが、さっきも言ったが朝比奈さん(大人)の予言には続きがある。 あの時は思わず流してしまったのだが、予言によればハルヒの告白、付き合いだす、そして……なんというかまあ、二人ははじめて結ばれるとあのお方は 仰ったわけだ。 この予言を回避する為に、俺はハルヒに明日は部室へ行こうと提案してみた。 いくらなんでも学校でそんな展開にはならないだろうし、部室ならいくらでも遊びようがあるからな。 それに、テスト明けの休日にわざわざ学校へ来るような向学心溢れる生徒は北校には一人も居ないだろう。 休日の最終日に部室へ行こうと言った俺をハルヒは不思議がっていたが、説得するまでもなくあっさりと承諾した。 「はい」 そう言って差し出されたお茶を手に取ると、 「み、みくるちゃんには敵わないと思うけど」 と、ハルヒはあわてて付け加えた。 まだ何も言ってないぞ、それにな。 「それに……なによ」 美味しいぞ、これ。 「ばっ!……ありがとう」 一瞬お盆を振り上げたハルヒは、そのまま後ろを向いてしまった。 本来、礼を言うのは俺の方なんじゃないだろうか?とも思ったがハルヒは嬉しそうにお盆を片づけに行く。 熱いお茶が心も体も温める感覚に酔いしれる、お茶はいいねえ。 二人っきりの部室は妙に広く感じて、なんとなく俺は長門の世界に迷い込んだ時の事を思い出していた。 静かな部室で、一人本を読んでいた眼鏡をかけた長門。 そういえばあいつは向こうの世界では何か小説を書いてたんだっけ? 結局読めなかったな。 鶴屋さんと仲良く、ごくごく普通の高校生活を送っていた朝比奈さん。 ……残念だが、俺の事は間違いなく不審者という認識で終わっているだろう。 不機嫌オーラ全開でぶつけようのない力を持て余してたハルヒと、そんなハルヒに好意を寄せる古泉。 二人は俺が居なかったらどうなるんだろうか?実らぬ恋で終わる……いや、案外うまくいくのかもしれない。 あいつらはみんな居なかった事になったんだろうか? それとも、俺にはわからないどこかでまだ続いているんだろうか? ――俺の居ないSOS団として。 「ね、ねえ」 ん? いつもの団長席に座ったばかりのハルヒが、パソコンの隣からこちらをちらちら見ている。 「そっちに行ってもいい?」 いいも何も朝比奈さんは今日は居ないし、お前の好きな所へ座ればいいだろ? と、思わず言いそうになったがここはそんな事を言うべきじゃないよな。 俺が黙って隣にあるパイプ椅子を手前に引くのにあわせて、ハルヒ顔に笑顔が浮かんだ。 少し赤面したハルヒが俺の隣に大人しく座っている。 それはそれで可愛いと思うんだが、何も話しかけてこないハルヒ相手に俺はどうしていいのかわからなかった。 誰に頼まれた訳でもないのに、不定期にとびっきりの面倒事を持ち込んできたハルヒが急に大人しくなってるんだ。無理もないだろ? だからといってこのまま病院の待合室のごとく並んで座っているのもなんなので、俺はなんとなくハルヒの手を握ってみると。 倒れるパイプ椅子と脊髄反射的に立ち上がるハルヒ。 「なんで離すの?」 お前は何を言ってるんだ? 手を振り払って立ち上がったのはお前じゃないか。 それに、お前が立とうとしてるのにそのまま掴んでたら倒れるだろ? 「ご、ごめん」 そういって座りなおしたハルヒは、おずおずと手を伸ばしてきた。どうやら握ってもいいという事らしい。 俺はそっとその手を掴んでみる。一瞬ハルヒの体がびくっとなったが、今度は逃げられなかった。 軽く握っている俺の手にハルヒの指がゆっくりと触れてくる。 うつむいているからよくわからないが、前髪の間から見えるその顔は真っ赤になっていた。 キスは無理やり奪えても、ハルヒにとっては髪を触られたり手を握られるのは恥ずかしい物なのかもしれん。 いつも俺を連れまわしてる時は、襟首だのネクタイだの好き勝手に掴んでたのに何で今日は恥ずかしそうなんだ? 「あれは!その、まだ団長と団員の関係だった時の事じゃない。今は違うから、これも違うの」 そうなのか。 「そうなの」 嬉しそうに言い切るハルヒを見ていると、俺も何故か嬉しかった。 この感情を文字にするなら多分、好きって言葉がすんなりと当てはまるはずなんだが、それを言葉にするのは恥ずかしいというか躊躇われるのは何故だろうね? 相手がその言葉を望んでいるだろうと思って、自分も伝えたいのに言葉にできない。そんなもどかしい感情を人は…… 「何考えてるの?」 いつの間にか多少顔色を平常に戻していたハルヒが俺の顔を見つめていた。 ハルヒな目に俺の緊張した顔が写っている、おいおい俺はこれからどうするつもりなんだ? ハルヒ。 俺の呼びかけをどう取ったのかわからないが、ハルヒは俺を見上げたまま目を閉じる。 これはつまり、その……。 昨日しておいて今日出来ないって事もないのだろうが、 「えええ!」 突然の大声は俺達の背後、隣の部屋から聞こえてきた。 それは残念ながらというか可憐な女子生徒といった声ではなく、男子生徒の狼狽したような声にしか聞こえない。 続いて聞こえてくるドアを開ける音、それに続く小さな足音とあわただしい足音。 「ま、待ってくれ?君が居なくなるってどういう事なんだい?」 入口のドアにある窓越しに見えた人影と、聞こえてくる声にも聞き覚えがある、あれはコンピ研の 「部長?」 俺とハルヒの声が重なった。 そっとドアを開けてみると、そこにはいかにもインドアそうな華奢な体つきの部長氏が、その体ですら隠せてしまうような小さな長門の肩を掴んでいた。 そんなに力強く揺さぶっているんじゃないのだろうが、長門はまるでマネキンの様に前後に揺さぶられるがままになっている。 「詳しく説明してくれないか?もうここには来れないってどんな意味なんだい?いや、それはまあ君のレベルから見れば僕らと一緒にいる時間に意味なんて 微塵もないんだろうけど……ってそうじゃない、居なくなるってどういう事なんだい?」 廊下に顔を出した俺と、困った様なそうでもないような顔で揺さぶられるままだった長門と視線が合う、 その目には、ありえないはずだが驚きといった感じの感情が浮かんでいるような気がした。 「ちょっとあんた!有希に乱暴するなんて何考えてるのよ!」 言葉と同じ速度ではないかと思う速さでハルヒが部室を飛び出していく。 以前、部長氏に問答無用で飛び蹴りを入れたお前が言うのもどうかと思うが、言ってることは正論だな。 でもお前が言うと不思議な気持ちになるのは何故だろう。 見ているだけに耐えかねたのだろう、言葉だけでなくハルヒが部長氏に掴みかかっていく。当然肩などではなく、襟だ。しかも片手で持ち上げてやがる。 それを乱暴と呼ぼう。 酸欠で弁論する機会を酸素的に奪われている部長氏には悪いが、先に長門だな。 まるで当事者ではないかのごとく平然とした顔で立つ長門に駆け寄った、急がないと部長氏が危ない。 長門、お前居なくなるって本当か?それってどういう事なんだ? 例の件はフラグ的に回避してる気がするから多分大丈夫だぞ? なんてハルヒの前では言えないが。 そう聞かれた長門は、ただじっと俺の顔を見ていて……不思議なことにそのまま視線を下へと向けてしまった。 俺にだけ聞こえる小さな声で長門は呟く。 「涼宮ハルヒは私にこの部室に居て欲しいと望んだ、だから私はここに居る。しかし同時に貴方と二人きりで居たいとも望んでいる。貴方達が部室に 近づいて来たのを感じてコンピ研の部室に隠れていた」 なんだそりゃ?っていうか居なくなるって話と関係なくないか? 「原因は不明。ここ数日、涼宮ハルヒの力は徐々に弱まってきていた。でも今は、これまでで最も大きい力を感じる。恐らく、彼女が望む事は 殆ど全てが現実になってしまう位に」 相変わらず長門の話は俺には理解できないのだが、俺を見つめる長門の眼からはある種の緊張のような物が感じられた。 「有希」 いつの間にかハルヒは部長氏を開放して、俺と長門の顔を交互に見つめていた。 その顔が怒っていたのならまだよかった。 俺は思わず息を飲み、言葉を無くす。 何故ならその時のハルヒの顔は、どう見ても不安そうだったのだ。 俺達の間に訪れる沈黙、静かな廊下には足元で荒い息をする部長氏の声だけが響いていた。 そんな中、遠くから誰かが階段を上ってくる足音が聞こえてくる。 「あ」 「これは」 その足音と声は。 「みくるちゃん、古泉君」 ハルヒ、これもお前が望んだからなのか? 解散したはずのSOS団のメンバーが、召集された訳でもないのに何故か揃ってしまったわけだ。 しかも人気のない、休日の部室棟に。 古泉、お前どうしてここへ? 俺の言葉に古泉は困った笑顔を浮かべる。 「どうして、と言われると困りますが。休日に他に行く当てがなかったもので」 嘘だ、それは俺でも即座にわかるレベルの嘘だった。 俺に視線を向ける古泉は、笑顔の中で必死に何かを訴えかけてきている。しかしそれが何を意味しているのかは俺にはわからない。 「みくるちゃんはどうしてここに?」 「え?あ、あの。お洋服を返す前にクリーニングに出そうかと思って……」 朝比奈さんの言葉を聞いてハルヒは口を閉ざす、どうやら思い出してしまった様だ。 俺達はもう、SOS団ではないという事に。 誰も口を開けない中。 「……なんだか知らないけど部室に入ったら? ここじゃ寒いだろう」 廊下に座ったままの部長氏が不思議そうな顔で提案してきた。 長門さんの事を後で教えてくれないか?彼女には色々勉強させてもらったから、もしも何か事情があって転校するとかなら僕達も何かしたいんだ。 そう俺に告げて部長氏はコンピ研に戻って行き、俺達は誰からともなく元SOS団の部室に入っていった。 長門がいつもの様に本棚から本を取り窓際へ向かい、朝比奈さんも迷う事無くポットへと歩いて行く。 俺は古泉の向かいに座って、ハルヒはいつもの団長席に座る。 いつもと同じSOS団にしか見えない光景、ただ俺達の間に流れる空気はいつものそれとはまったく違う物になっていた。 「はい。どうぞ」 もうSOS団はないのに、朝比奈さんはいつもの様にお茶を淹れてくれる。 その心づかいが今は何よりありがたいです。 お盆の上に並ぶ湯呑の数はいつもと同じ五人分、俺はさっきハルヒのお茶を飲んだばかりだったが小さく会釈して湯呑を受け取った。 習慣というものなのだろうか、古泉は決着間際で終わっていたボードゲームを取り出そうとしていた。 が、俺の視線を感じてその手を止める。 お前がそんな余裕のない顔をするなんてな。 一目でわかるほど、古泉の笑顔にいつもの余裕はなかった。 ハルヒはと言えば誰に視線を向けるでもなく、なんとなくパソコンを立ち上げたり窓の外を見てみたりと落ち着きがない。 誰も口を開かない中で、ハルヒのその行動はいつもとは違う意味で目立って見える。 そんな中でも長門はいつも通り無音の読書を続けていて、その部分だけ切り取ってみればいつものSOS団だと言えなくもない。 ……でも、SOS団が無かった時も長門は一人そうしていたんだろうな。 文芸部の部室で、一人読書をしていた眼鏡をかけたあの世界の長門と同じ様に。 古泉。 「え、あ。はい」 そんなに動揺するな。話にくいだろ。 何も予定がなくてここに来たんだろ?これからみんなでどこかに遊びに行くか? そうすれば朝比奈さん(大)の予言はまず間違いなく回避できるんだ。 だが、俺の思考はどうやら古泉には伝わらなかったらしい。 「いいですね。と、言いたい所ですがお邪魔になってはいけませんし。どうぞ僕の事は気にしないでください」 それは……無理だろう。 自分でもどうすればいいのかわからないのか、古泉はあいかわらず視線で何かを訴えかけている。 そうしている間も、朝比奈さんは黙々とハルヒに押し付けられた衣装をハンガーから外していき、袋の中へと詰め込んでいく。 どの衣装にも思い入れがあるのだろうか、ハンガーから外すたびに朝比奈さんは服を広げて固まったまま無言で見つめている。 「キョン」 ハルヒのたった一言の言葉に、部室の時間が止まった気がした。 団長席に座ったハルヒは、俺に向かって色々と思いつめた顔を向けている。 困ったような苦しいような、悲しいようなそんな顔で。 「……正直に言って? キョンは……」 続く言葉を選んでいるのか、ハルヒの口は言葉を紡がないまま弱弱しく動く。 古泉が何かを言おうとする気配を感じたが、俺はハルヒから視線が外せなかった。 ……なんだ?顔が動かない? 視線を外せないというのは比喩表現でもなんでもなく、俺の体は俺の意志に従って動くことを辞めてしまったかのようにピクリとも動かなくなっていた。 何が起きてるんだ? 突然の出来事に戸惑う余裕もない、表情すら変えられなくなった俺に向かってハルヒはようやく言葉を繋げる。 一度、窓際で読書をしている長門に視線を向けてから、 「あたしと一緒にいるより。ゆ……みんなと一緒に居た方が楽しい?」 まるでその言葉が合図だったかのように、俺の体は自由を取り戻す。 が、今度はハルヒへの返答を迫られた状態でやはり俺はハルヒから視線を外せなかった。 視線を向けないままだが、今古泉が俺に対して向けている視線ならすぐに意味が理解できる。 涼宮さんを選んでください。だろ? よくみれば、いつのまにか読書を辞めていた長門も俺を見つめていた。 その視線にはなんの感情もない様にしか見えないが、今は何かを訴えかけてきているように感じられる。 朝比奈さんは俺の後ろに居たので顔色を確認する事はできないが、あわあわとしている雰囲気だけはなんとなく感じられた。 数秒が数時間にも感じられる中、俺が口を開こうとすると。 「……みんな、何を隠してるの?」 俺を見つめるハルヒの顔から、表情が消えていた。 『恐らく、彼女が望む事は殆ど現実になってしまう位に』 長門の言葉が思い出された瞬間、俺は即座に後悔した。 何故なら俺は連想してしまったのだ、もしここでハルヒに知られたら最も困る事は何か、を。 「嘘でしょ」 目を見開いたハルヒが突然立ち上がり、古泉、朝比奈さん、長門へと視線を向けていく。 「キョン今のなんなの? え? ……嘘。古泉君、みくるちゃん嘘でしょ? ねえ。有希……有希? そんな、そんな事あるわけない。そんなの嫌!」 ハルヒ! 全員の視線が集まる中で、ハルヒは何かを否定するように首を振る。 「そんなの……居るはずないじゃない!」 錯乱して叫ぶハルヒに俺が駆け寄ろうとした瞬間、俺は信じられない物を見てしまった。 古泉が、朝比奈さんが、長門が。 ハルヒの叫んだ言葉に合わせて、三人とも消えてしまったのだ。 嫌な程の静寂が部室に戻る。 嘘……だろ? それは僅か数秒の間の出来事だったのに、俺は何もできなかった。 古泉が居たパイプ椅子は無人のままテーブルから少し離れた位置に置かれていて、窓際の長門の椅子には開いたままの本が置かれている。 朝比奈さんがまとめていた服が入った袋は、支える人がいなくなった事で音をたててゆっくりと崩れ、中に入っていた服がいくつかはみ出して止まった。 俺はハルヒに駆け寄ろうとしたままの姿勢で固まっている。 何が起きたのかなんて考えたくない、考えなくてもわかってしまったがそれを認めたくない。 「なんなの……なんで?キョンやみんなの思ってる事が聞こえてきて、どうして?なんでみんな消えちゃったの?」 震えるハルヒの声に、俺はなんて答えてやればいいのかわからなかった。 どうすればいい? 何かあるはずだ! あれから三日もあったのに俺は何を考えてきたんだ? 背中を伝う嫌な汗が止まらない。 なんとか自分を奮い立たせて、俺は呆然として立ち尽くすハルヒに近寄る。 ハルヒ。 「キョン、どうして?なんでみんな」 脅えが浮かぶその目をじっと見つめる。 ハルヒ、俺が今から言う言葉をそのまま言ってくれ。できれば心からそう思って言ってくれるといい。 「何それ、キョン。顔、怖いよ?ねえ」 怯えるハルヒの肩に手をのせると、ハルヒの体は大げさな程に震えた。 頼むぜハルヒ。もうこの状況を何とかできるやつはお前しか居ないんだ。 小さく息をついて、俺は言葉を選ぶ。頼む、奇跡って奴があるなら今ここで起きてくれ! 宇宙人、未来人、超能力者は私の所に来なさい。以上だ。 何言ってるの? と言い返しそうな顔をしたハルヒだったが、俺の顔が本気なのを見てぽつぽつと呟いた。 「宇宙人、未来人、超能力者は私の所にきなさい……これでいいの?」 疑いながらも素直に俺の言葉通りに呟くハルヒだったが、振り向いた俺の視界に入ったのは無人の部室だった。 嘘だろ? なんでだ? 今更だが俺の体も震えだす、それはみんなが居なくなってしまった事へのショックもある。 だがそれ以上に、この事態を招いてしまったのはハルヒの力による物だという事を知られたくなかったからだったのだが……。 「キョン」 最悪だ。 再び俺が視線を戻した時、ハルヒは声を殺して泣いていた。 最悪で大馬鹿野郎だ。 俺に何か言おうと口を開くが、ハルヒは何も言えないまま両手で顔を覆ってしまう。 最悪で大馬鹿野郎で救いようのないカマドウマ以下の糞野郎だ。 涙が流れるのも気にせずに、ハルヒは部室が震えるほどの大声で叫んだ。 「宇宙人も未来人も超能力者も居る! 居るの! だからみんな帰ってきて? 有希! みくるちゃん……古泉君……お願い……お願いするから。キョン、 あたし願ってるの! 本当よ? ……なんでダメなの? みんな……みんな。キョン、全部私のせいなんだよね?」 何故、ハルヒが願ってもみんなは元に戻れなかったのか? それは俺にはわからない。 俺にわかるのは、ハルヒに最も教えてはいけない事。 全ての原因は願望を実現するハルヒの力だという事を思い浮かべてしまった俺が、救いようのない馬鹿野郎だって事だけだ。 ただ泣きじゃくるハルヒを見ていた俺は、この上最悪の言葉まで思い出してしまう。 その言葉が思い出されるのを押しとどめようと思わず頭を振った瞬間。 「見ないで」 ハルヒの声が聞こえたと思った時、そこにはもう、ハルヒは居なかった。 机の上にはさっきまで確かにあった団長とかかれた三角錐もパソコンは無く、振り向けばそこに朝比奈さんの衣装もない。 本棚を確認する頃には俺の心は既にあきらめていた、そして思い出されるあの言葉。 ――俺だけが、残る。 古泉の呼び出しからはじまった今回の出来事で、相談した全員が出したその答え。 けだるい体を動かし、なんとか俺はパイプ椅子に体を預ける。 人事も尽くさなかった俺には天命を待つ資格すらない。 物音一つしない部室の中、俺だけが残ってしまった。 その日どうやって家に帰ったのか、果たして夕食は食べたのか。どうやって登校してきたのかも覚えていない。 ただ覚えているのは暗い自分の部屋で布団にもぐり――またハルヒにあの閉鎖空間へ呼び出さるのをじっと待っていた事だけだ。 「なるほどね」 話が終わった所で、朝倉は気を使っているのかことさら明るくそう答えた。 俺は長門がIFの世界に作り変えた事と、その世界を元に戻そうとした時に朝倉が俺を殺そうとした事も一緒に話したのだが朝倉はその話には あまり興味が無いようだった。 どうやら本当に知らないみたいだな、あの時の事は古泉も知らなかったし本当に別の世界の出来事なのかもしれない。 今度はそっちの番だろ。 俺の言葉に、朝倉は少し寂しそうな笑顔を浮かべる。 「そうね。でも最初に言っておくけど、私が全てを元に戻すことができる。なんて期待だけはしないでね?」 恐らくそれは嘘ではないんだろう、その時何故だか知らないが俺はそう思った。 「あの日貴方を殺しそこねた私は、長門さんに情報連結を解除された。そして最初に言ったように涼宮さんの認識によってカナダに再構成されたの。 何の力もない、ただの女子高校生としてね。涼宮さんにとって、私は宇宙人じゃなかったんだから仕方なかった事だとは思うけど最初は大変だったわよ。 でもまあ、貴方の話によれば宇宙人だと認識されていたら私も消えてしまってたんだろうし、これも運命って感じかしら」 軽く話す朝倉だが、俺にはそんな外国で一人取り残されても生存能力はない自信があるぞ。 よく無事だったな。 「無事とは言えないわね、だってすぐに警察に捕まってパスポートも無い私は不法入国って事になってしばらく拘束されてたんだもん…… まあ、合法的に入国してないのは確かだから文句は言えないけどね。強制送還されるかな?って思ってたんだけど、初犯だし未成年だから 保釈金さえ払えばいいって言われてそれからは自由の身。現地の領事館でパスポートも作ったし、すぐに日本に戻って良かったんだけど 特に戻る理由がなかったからカナダでのんびりしてたわ」 朝倉、お前英語が話せるのか?それとよくそんなにお金があったな。 「ああ、人間の通貨は涼宮さんを観察する上で一般生活を不自然なく過ごす為に必要だから、銀行のデータをいじってあらかじめ準備してあったの。 それに人間の使う言語なら一通り知ってるわよ、もちろん長門さんも私と同じ」 俺には、長門が流暢に外国語を話す姿ってのはどうしても想像できない。 「それで、ここからが本題ね。涼宮さんの存在が消えた時、それを私も感じたの。どうしてわかったのかなんて言われても困るけど、 多分私が涼宮さんの創造物だからじゃないかな。あの時、涼宮さんは人外の存在を否定した。だから貴方はここに残っている事ができて、私も残れた。 そして再び出会った二人、これってアダムとイヴみたいじゃない?」 大違いだ。 そう言いながらも俺は落胆を隠せなかった。何故なら、だ。 朝倉の話通りなら、この世界にはもう宇宙人、未来人、超能力者は存在しないって事になるんだろ?。 みんなを取り戻す為に必要なのは正にそんな存在だったのに、その可能性すらも残ってないのかよ?……まったく、溜息しか出ないぜ。 古泉、お前の理論は外れたな。 最後まで俺が残れたから俺が特別なんじゃなくて、俺はただの人間だから取り残されちまっただけみたいだ。 「今日はもう遅いし、続きはまた明日学校で話しましょう。また同じクラスに編入できるかどうかわからないけど、仲良くして欲しいな。あ、結局荷物も 殆ど貴方一人に運んでもらっちゃったし、なんだったら今日は泊っていってもいいよ?」 返事をする気にもなれない。 俯いたままソファーに座っている俺の横に朝倉が近づいてくる、それを無視していると朝倉はそのまま俺の隣に座った。 そのまま俺に体重を預けてくる朝倉の体温が、腕越しに伝わってくる。 「取り残された者同士仲良くするのっていけない?どうせなら、全てを知ってる人同士の方が長続きすると思うんだけどな。私と一緒に居れば、いつか涼宮さん 達を取り戻すチャンスが巡ってくるかもしれないし」 そうだな、はいはい。 ――付き合いきれん。ソファーから立ち上がろうとする俺を手を朝倉は掴んでくる、そして俺に寂しそうな視線を向けて来ていた。 そこには夕陽の校舎の中で俺にナイフを向けてきた時に見せた機械的な笑顔も、早朝の校門前で俺にナイフを刺してくれたあの時の狂気の顔もなく、 ただ寂しいと伝えてくる同級生の顔がある。 「……ねえ、キョン君」 朝倉は軽く俺の手を握っているだけで、振り払おうと思えばその手は簡単に振り払えてしまうだろう。 考えてみればいくらお金があって知識があっても、今の朝倉はただの人間なんだ。 それが外国で一人取り残されて、辛くないわけがないよな。 誰にも連絡を取らず、日本に戻らなかったのも再び自分が消されてしまうかもしれないなら当然だ。 朝倉の瞳が潤んできたのが見えた時、俺はその手を―― 乱暴に振り払った。 そっと振り払った。
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金 は人類の発展の中で生み出された素晴らしいシステムである。 このシステムがあって現代社会は成り立っているのだといっても過言ではない。 しかし、長所ばかりではない。 金に価値がありすぎるために金を巡っての争いが起きたり、 金をあまり持たない者が社会的に弱い立場になったりする。 今の日本には、物々交換していたころの人々のような暖かみが必要だろう、とたまに思ったりする。 さて、かくいう俺も金の無い高校生のひとりだ。しかし、今、俺は金が必要だ。 金が無い高校生が金を稼ぐためにすることといえば、そう―― 「バイト・・・ですか?」 部専用の癒し系メイドさんがきょとんとした顔で答えた。 「そうです。朝比奈さん、なにかいいバイトご存知ありませんか?」 「知りませんね・・・。すいません。私バイトしないので。 でもどうしてお金が必要なんですか?」 そうだな。うるさい団長様もまだ来てないことだし、今の内に話しておくか。 「長門と古泉も聞いてくれ。実はだな。」 俺は自分の計画していることを他の3人に話した。 「あー。そっかー。そうですよね。そっかー・・・。」 朝比奈さんは納得したように手を叩いた。 一方、長門は何一つリアクションする事なく、黙々と読書を続けている。聞いてたのか? 「聞いていた。」 そうか。ならいいんだが。何かリアクションがないと聞いてないのかと勘違いしてしまう。 「それはまた、面白そうな話ですね。でもやるなら涼宮さんにバレないようにしないと。 バレたら色々と面倒そうです。」 古泉がニヤケ顔で言う。面倒になるから、ハルヒがいない時にこの話をしたんだよ。 「それで、資金は誰が出すのですか?なんなら 機関 の方で用意させてもらっても結構ですが?」 それじゃあ意味が無いだろう。何の為にやると思っているんだ?資金は俺達で出すに決まっているだろう。 「冗談です。そんな本気な顔しないでください。」 古泉はニヤケ顔を崩さず小さく手を振る。 お前の冗談は冗談に聞こえない。それに笑えないぞ、古泉。 「すみません。僕にギャグセンスは無いもので。 でも、あなたがクリスマスにやったあれよりは良いと思いますがね。」 やめろ!あの時の話はするな!思い出したくない。1秒たりとも思い出したくないぞアレは。 「キョンくん、それだと私もお金が足りないんですけど・・・。」 俺が古泉を睨んでいると、横で朝比奈さんが言った。 俺は顔を朝比奈さん専用スマイルに切り替えて応対する。 「それだったら、朝比奈さんも一緒にバイトを探しましょう。」 「僕も一緒にいいですか?」 古泉が割り込んでくる。 「お前にはもうバイトがあるだろう。赤い玉になってぴゅんぴゅん飛んでりゃいいじゃないか。」 「閉鎖空間も随分ご無沙汰でしてね。仕事が来ないんじゃ稼ぎようもありませんよ。」 古泉は肩をすくめてみせた。俺がその怪しい古泉の動きをじっと見つめていると、 「何て、冗談です。僕は充分お金を持っていますよ。」 冗談に聞こえないし、どこから冗談かわからないし、笑えないし、自慢くさいし、憎たらしい。 「おやおや、嫌われたものですね。」 古泉はまた肩をすくめて見せた。お前は1日に何回肩をすくめているんだ。 「そうか・・・あの店だったら雇ってくれそうですね・・・。」 俺がバイト先はそこにしようかと考えていた時、 「ヤッホーー!!遅れてゴッメーン!」 うるさいのが来た。 「ん?何これ?求人情報誌?」 ハルヒが俺が長テーブルに置いていた求人情報誌を手にとる。 「何あんた。バイトなんかするの?」 「しねぇよ。それは古泉のだ。」 と、嘘をついておく。古泉は一瞬驚いたような顔をしたが、 「ええ、ちょっと高校生らしくバイトでもしてみようか、と持ってきたのですが、 見たところ僕向きなバイトは無いようです。 やっぱり僕は部室でボードゲームをしてる方が気楽でいいですよ。」 と、冷静に対応した。ちっ、もうちょっと困れよ。 「ふーん。」 ハルヒは求人情報誌を古泉に渡し、またいつもと同じ場所に座った。 「王手。」 「お手上げです。」 今日もまたいつもと同じSOS団の風景だ。 俺と古泉は、古泉のボロ負けの将棋を楽しみ、 朝比奈さんは編み物、長門は読書だ。 我等団長様は、電脳界の不思議探しと銘打って ネットサーフィンをしながらニヤニヤしている。何がそんなに面白いのだろうか。 そして黙々と時間は流れ―。 ぱたん。 本が閉じられる音。これがこの団解散の合図だ。 「今日はみんなで一緒に帰りましょ!」 ハルヒが元気ハツラツな顔で言う。 「悪いハルヒ。俺と朝比奈さんはこれから少し用事があるんだ。」 そういうと、ハルヒは元気ハツラツな顔を解き、口をへの字にして、 「何よぉ、つれないわね。まぁいいわ。有希、一緒に帰りましょう!」 「そう」 古泉を忘れているぞ、ハルヒ。 ハルヒ、長門、古泉と別れ、俺は朝比奈さんと肩を並べて大森電気店に向かった。 「やぁ、いらっしゃい。今日はどうしたんだい?」 店につくと、店主さんが愛想のいい笑顔で話しかけてきた。 「いやぁ、今日は少し、お願いがありまして。」 俺は店主さんに事情を説明した。 「そういうことかい。丁度、お手伝いさんが欲しいと思っていたところなんだよ。 うちでいいなら、よろしく頼むよ。」 「本当ですか!?」 朝比奈さんと俺は同時に言った。 「ああ。ところで、土日はいいとして、平日はどうするんだい?」 「早めにお金を貯めたいので、俺は平日も学校が終わったら来ることにします。」 「お嬢ちゃんは?」 「えーっと・・・。キョンくんがそうするならわたしもそうしようかな。」 「わかった。準備しておくね。じゃあ、今日は帰って明日また来なさい。」 「はい。ありがとうございました。」 俺と朝比奈さんは、声を合わせてお辞儀をし、その場をあとにした。 次の日。 「キョン、今日も来なさいよ。」 「何処にだ。」 「決まってるじゃない。SOS団部室よ。」 わかっている、と言いかけて俺は口を止めた。そうだ、今日からバイトだ。 「すまんなハルヒ。俺はしばらく顔を出せないと思う。」 「えっ?どうして?」 「バイトがあるんだ。」 俺がそう言うと、徐々にハルヒの眉が吊り上がっていった。 「なーに言ってるのキョン!!バイトなんかよりSOS団を優先させなさいよ、SOS団を!」 「この間の不思議探索パトロールのときのおごりで、俺の所持金が底をついてしまったんだよ。 俺も苦労してるのさ。」 「何が苦労よ!!そもそもあんたが集合時間に遅れなきゃいいんじゃない!!」 ハルヒは立ち上がって言った。眉がますます吊り上がる。 「俺は他の団員のために自らおごりを引き受けているのさ。」 「下手な嘘つくんじゃないの!どーせ毎日寝坊してるだけでしょう?」 「それに、あんたが来なけりゃ・・・!!」 ハルヒはそこまで言うと、口を開けたまま静止した。どうした? 「・・・いや、何でもない。」 ハルヒはそう言うと、黙って席に着いた。なんだってんだ? そんなことをしていると、担任の岡部が教室に入ってきた。 「よーし。ホームルーム始めるぞ。」 そして放課後。 ハルヒと別れを告げて、俺は学校を出た。 校門まで行くと、朝比奈さんが両手で鞄を持ちながら立っていた。可愛らしい。 「朝比奈さん。」 俺が言うと、朝比奈さんはこちらに気付いたらしく、ぱたぱたと駆け寄ってきた。 「行きましょうか。」 大森電気店につくと、店主さんは丁度大型テレビの入ったダンボールを運んでいるところだった。 「やぁ、来たね。」 店主さんはこちらに気付くと、顔を上げてそう言った。 「こんにちは。」 「はい、こんにちは。じゃあ、まず作業服に着替えてもらうね。」 作業服? 「うん、これ。」 店主さんは服のわき腹の部分を摘まんでぴらぴらさせる。 緑色のこの服、これが大森電化店の作業服らしい。 「奥に用意してるからね。そこで着替えてきて。」 「わかりました。」 電気店の奥のドアを開けると、畳が敷かれている小部屋があった。 ここが店主さんの移住スペースらしい。さらに奥に2階に続く階段がある。 ちゃぶ台の上に、二人分の作業服が置いてあり、その上にメモ書が置いてある。 これに着替えてね だそうだ。 「じゃあ着替えますか。」 「待ってください。」 朝比奈さんはきょとんとする。 「ここで二人で着替えるわけにもいかないでしょう。 俺は少しの間外に出てますから、その間に着替えてください。」 そう言っても朝比奈さんはまだきょとんとしていたが、 10秒ほどして意味が理解できたらしく、顔を赤らめて、 「あっ、そうですよね。着替えるところ見られるのはお互い恥ずかしいですよね。 すいません。それじゃあお先に。」 朝比奈さんになら俺の下着姿を見られても問題ないが。 とかくだらないことを思いつつ、俺は部室の時と同じように一礼して部屋を出た。 「どーぞ。」 朝比奈さんの可愛らしい声を確認し、俺はドアを開けた。 中には、作業服の朝比奈さんがいた。 メイド服の可愛さには劣るものの、これはこれで別の可愛さがある。 まぁ朝比奈さんが着ればどんな服でも可愛く見えるのだが。 「じゃあ、次はキョンくんどうぞ・・・。 私は店長さんに仕事を貰ってきますね。」 そう言うと朝比奈さんは部屋を出てぱたぱた走っていった。 さて、着替えるか。 初めての電化店での仕事は意外にも、かなりしんどいものだった。 主な仕事は大型の電化製品を運ぶことで、 その他には店の商品に値札をつけたり、商品の確認、などなど。 電気店の仕事がこんなにきついものだったとは。 バイトの終了時刻は夜9時。 その頃になると、俺も朝比奈さんもへろへろになっていた。 「お疲れさん、今日の給料だよ。」 給料が入った封筒が手渡される。 今日は帰ったらすぐ寝よう。 今日もまたあのしんどい上り坂をのぼり、登校。いやになるね。坂にエスカレーターでもつけてくれないものだろうか。 教室に入るや否や、ハルヒが大声で言ってきた。 「キョン!あんたが働いているところ何処?」 「大森電気店」 俺は鞄を机に置きながら答えた。 「えっ、そうなの?」 ハルヒは意外そうな顔をする。 「どうしてだ?」 「いや、みくるちゃんも急にバイト始めるとか言い出して、 ひょっとしてあんたたち同じところに働いてるんじゃないかって思ってたんだけど。」 思ってたんだけど・・・?俺達は同じところに働いているはずだ。 でもハルヒがそう言っているってことは・・・。 「朝比奈さんは何処で働いているって言っていた?」 「近所の喫茶店だって。」 「へぇ。」 喫茶店?何故嘘をついているんだ、朝比奈さんは。 とりあえず、朝比奈さんにも何か理由があるのだろうから、ハルヒに本当のことを言うのはやめておいた。 今日は日曜日。不思議探索パトロールの日だが、俺と朝比奈さんは欠席することになった。 「おはようございます。」 俺が電気店に着いた時、朝比奈さんはもう作業服に着替え、作業を始めていた。 真面目だな、この人は。これでドジがなければどれだけ有能な店員だろうか。 「彼女は真面目で助かるよ。」 と、店主さんが笑いながら小声で言った。 「ところで朝比奈さん。」 「何です、キョンくん。」 「あなた、ハルヒにバイト先嘘教えてましたね。何故です。」 俺がそういうと朝比奈さんはビクッとした。何故驚く。 「だって、私とキョンくんが一緒に働いてることを涼宮さんがしったら、 また涼宮さん モゴモゴ・・・」 なんかモゴモゴ言っているが、何をいっているのか分からない。 まぁいいか。 日曜日なだけに、平日よりも客の数が多い。 それに合わせて俺達の仕事量も増える。日曜日だから時間も長いし。 ふと時計を見ると、もう正午になっていた。あと半日、頑張れ俺。 「キョンくぅぅーん。これ、重くて持てないんですけどー。」 店の奥から朝比奈さんの声が聞こえてきた。はいはい、ただいま。 見ると、そこにはいつも持っているののテレビの段ボール2倍ぐらいのサイズの段ボールがあった。 段ボールの中身は冷蔵庫らしく、とても一人じゃ持てないだろう。 「俺はこっち側持ちます。朝比奈さんはそっち側持ってください。」 「あ、はい。」 俺と朝比奈さんは、合図と共に、同時に段ボールを持ち上げた。 段ボールを縦じゃなく、横に持った方が効率が良いというのは後で気付いたことだった。 俺と朝比奈さんは、段ボールを持ったまま店先にでる。 どすん。 「っと。これでよし。」 「ありがとうございました、キョンくん。助かりました。」 朝比奈さんが俺に向かって微笑む。 いえいえ、お礼なんていりません。あなたのその微笑みだけで充分です。 むしろお釣りがくるぐらいです。 ふと、フフフ、と微笑む朝比奈さんの背後の人影に気付き、 俺はぎょっとした。 無表情少女とニヤケ顔青年に挟まれた団長様が、そこにいるではないか。 「どういうこと?」 俺と目があうなり、ハルヒはそう言った。 「どういうことって、バイトだって言っただろう。」 「そんなことじゃないのよ。」 ハルヒの声がいつもより少しだけ冷たい気がしたのは気のせいじゃないだろう。 「みくるちゃん。」 ハルヒは朝比奈さんをじろりと睨む。朝比奈さんはハルヒの視線に身体をビクッとさせる。 「あなた、喫茶店に働いてるって言ったわよね。」 「言いました・・・。」 何だ何だこの険悪ムードは。ハルヒ、朝比奈さんを睨むんじゃない。 「キョン。なんであんたみくるちゃんと同じとこでバイトしてるって言わなかったの?」 ハルヒは今度は俺をギロリと睨んで言った。 「なんでって言われてもねぇ・・・。」 気付けば、この険悪ムードに圧倒されて、店の周りの客はいなくなっていた。 営業妨害だ、ハルヒ。 「帰るわ。」 ハルヒは不機嫌そうに踵を返すと、そのままずんずんと歩いていった。 何だってんだ。 バイト先を隠していたのがそんなに気に食わなかったのか? それにしてもそんなに怒る事はないだろう。ったく何考えてるのやら。 「ごめんなさい・・・私のせいです・・・。」 朝比奈さんが涙目で言った。何故朝比奈さんが謝る必要があるんですか。 「だって私が・・・・・・涼宮さんを騙そうと・・・」 朝比奈さんはそのまま俯いたまま、しばらく硬直し、 顔を上げると、何が起こったか把握できていない店主さんのところに駆け寄っていって言った。 「すみません・・・。突然ですみませんが私、今日でやめます。」 次の日、ハルヒはまだ不機嫌オーラを漂わせていた。 「今日もバイトがあるから。」 俺がそういうと、ハルヒは窓の外から視線を外さず言った。 「あっそ。みくるちゃんと頑張ってね。」 何なんだ、一体。とりあえず朝比奈さんの事を伝えるとするか。 「そうそうハルヒ。朝比奈さん昨日でバイトやめたから。」 そう言うと、ハルヒは少しだけ目を見開き、俺を見て、 すぐにまた元の不機嫌な表情に戻って窓の外に目をやった。 「そう。」 偶然にも帰りの廊下で朝比奈さんに会った。 聞いたところによると、今度こそ本当に近所の喫茶店でバイトをするらしい。 コーヒーをひっくりかえさないか不安だが。 そんな事を思いつつ、今日もまた大森電気店に向かう。 朝比奈さんと一緒じゃないと、仕事にやる気が出ない。 しかし、最近頭の中はバイトのことばっかりだ。バイト中毒か? 目的のために頑張らなくてはならないからな。うん、頑張れ俺。 バイトを続けてる間にあっという間に金曜日になってしまった。 もうバイトも慣れてきた頃だ。 さて、と。バイトいきますか、バイト。 と、自転車で坂を下っていると、見覚えのあるふわふわした髪の少女が目に入った。 「朝比奈さん!」 俺は自転車のブレーキをかけ、朝比奈さんの近くに停車する。 「あ、キョンくん。」 朝比奈さんは、もうすっかりハルヒに怒鳴られた時のブルーモードを脱したようだ。 一方のハルヒはまだ不機嫌オーラをムンムンさせているのだが。 「一緒に帰りましょう。鞄、持ちますよ。」 俺は朝比奈さんの鞄を受け取ると、空いている自転車の前かごの中に入れた。 「どうです、喫茶店の方は?」 「いやぁ、私のドジで店の人に迷惑をかけっぱなしです。」 朝比奈さんは右手を握り拳にし、自分の頭をコツンと叩いて、舌を出した。可愛い。 しかし、 ドジ ねぇ・・・。 俺の頭の中にコーヒーの入ったお盆をひっくり返して涙目の朝比奈さんの姿が浮かんだ。 そもそもハルヒが「みくるちゃんをドジっ娘にする!」 とか言い出さなければ朝比奈さんがこんなにドジをすることはなかっただろう。 「全く、ハルヒは朝比奈さんに迷惑かけてばっかりですね。」 「いえいえ、気にしてませんよ。」 朝比奈さんは微笑む。 「いえ、あんなのには一発ガツンと言ってやればいいんです。 『迷惑だ!』ってね。そうすればハルヒも少しはおとなしくな――」 「仲いいわね、二人とも。何の話かしら?」 突然発せられた声は朝比奈さんの声ではない。振り返ると、その声の主が立っていた。 「ハ・・・ハルヒ・・・」 「私が迷惑だって?」 ハルヒがいつものように眉を吊り上げる。声が微妙に震えてる気がしたのは気のせいだろう。 「いや、冗談だ、すまん。本気にするなよ。」 「ふーん。」 朝比奈さんは、ハルヒの姿を見るなり黙り込んでしまった。 「ハルヒ、今日SOS団は?」 「休んだわ。ノリ気じゃなかったのよ。 それで、帰るついでにキョンに荷物持ちでもさせようと思ってたけど・・・。」 ハルヒは自転車の前カゴをちらりと見る。 「先客がいるみたいね。」 そう言うと、ハルヒは俺をキッと睨みつけ、坂を駆け下りていった。 何だってんだ。最近機嫌が悪いな、あいつ。 横を見ると、朝比奈さんがまたブルーモードに突入していた。 俺はブルーモードの朝比奈さんを喫茶店まで送りとどけ、 また大森電化店に向かった。 足が痛い。筋肉痛だ。 「やぁ、また来たのかい、キョンくん。大丈夫かい?働きすぎじゃないかい?」 「いえいえ、大丈夫です。高校生の体力を甘く見ないで下さいよ」 俺は強がって見せたが、本音を言うと疲れていた。 しかし、 あの日 まで時間が無いんだ。弱音など言ってられない。 「さて、まずは何をすればいいですか?」 「じゃあ、そのテレビを運んでくれ。」 日が落ちてきた。バイト終了まであと30分だ。 「この段ボールも運ばなくちゃな。」 段ボールの取っ手を掴む。む?力が入らない。 疲れすぎか。ふぅ。 俺は一息置いて、今度は腰に力を入れてそれを持ち上げた。 これを店先に・・・っと。ん? やけに足元がふらふらとする。思わず手を離してしまった。 何だこれは?重力の感覚がおかしい。 上に引っ張られているような、身体が逆さになっているような。 あれ?視界が・・・ぼやけ・・・て・・・・・・。 目を開けると、そこには白い天井が広がっていた。 「お目覚めですか?」 横を見ると、古泉がナイフで林檎の皮を剥いている。 「あなたの看病をするのも2度目ですね」 看病?というとここは・・・。 上体を起こしてみる。病室だ。左手には点滴の針が刺されている。 「どうして俺はここにいる?」 「覚えていないのですか?あなた、バイト中に倒れたそうですよ。」 バイト中・・・。ああ、そうか。段ボールを運んでいる時にいきなり視界が真っ暗になったんだ。 古泉はしゃりしゃりと黙々と林檎を剥いている。 「ハルヒは?」 俺は無意識に聞いていた。 「涼宮さんですか・・・。一緒に見舞いに行こうと言ったのですが、行かないと。 説得したんですがね。どうしても行かないと聞かなくてですね・・・。 何やら様子が変でした。それで仕方無しに僕だけで来たんですよ。」 古泉は林檎を剥き終わると、それを一口サイズに切り、皿にのせる。 「長門と朝比奈さんは?」 「今頃彼女を説得していると思います。」 古泉はおもむろに紙袋からもう一つ林檎を取り出す。もういらねぇよ。 古泉が、3個目の林檎を剥きおわる頃、廊下からコツコツと足音が聞こえてきた。 遅れて、誰かが喚く声も。 「・・・と・・・ちゃん・・・・・・ないって・・・・・・。」 ハルヒ?次第に足音と共に声が大きくなってくる。 「行きた・・・ない・・・言って・・・しょう?」 ハルヒだ。 「有希!!離して!!行きたくないのよ、キョンのところなんか。」 ハッキリ聞こえるぐらいの距離になってきた。 「離しなさい!!あの馬鹿キョンなんかほっとけば――」 「あなたは勘違いをしている。」 声がドア前ぐらいにきたところで、長門がハルヒの声を遮るように言った。 「何をよ。」 不機嫌な声なハルヒ。 「彼のこと。」 「キョンのこと?」 「そう。」 俺の事? 「どういうことよ。」 「彼がバイトをしていた理由。」 長門は淡々とした口調で言う。 「え・・・?」 「知ってる?」 「オゴリで金欠なんでしょ。そう言ってたわ。」 「違う。」 「・・・?・・・違うって?」 ハルヒはきょとんとした声で言う。 まさか、おい、長門。 「彼はあなたの誕生日プレゼントを買う為に働いていた。」 バラしやがった。俺の苦労が水の泡だ、バブル崩壊だ。 …。 沈黙が流れる。ハルヒは押し黙ってしまったようだ。 つられてこちらも黙ってしまう。 1分ほどたって、ハルヒが口を開いた。 「ちょっと1人にさせて。」 足音が、来た方向とは今度は逆の方向に響いていった。 それから10秒ほどして、がちゃり、と音をたて、静かに病室のドアが開いた。 長門と、付き添うように朝比奈さんが立っている。 長門は俺を見て、首を1ミクロンだけ下に動かし、部屋を出て行った。 なんだってんだ? 「じゃあ僕もそろそろ帰ります。林檎、食べてくださいね。」 古泉はニコリと微笑み、たたんでいたブレザーを羽織って、一礼して出て行った。 それから30分ぐらいたっただろう。 コンコン。 ドアがノックされた。 「どうぞ。」 がちゃり、と音を立て、ドアが開き、ハルヒがゆっくりと入ってきた。 「お前がノックして入ってくるなんて珍しいじゃないか。」 俺は笑って言う。 ハルヒは俯き気味だ。聞いているのか? 「聞いてるわよ。」 小さく言った。 ハルヒはとぼとぼとした足取りで俺の横まで来ると、古泉が座っていた椅子にすとん、と腰掛けた。 しばらく沈黙が続いた。 「林檎剥くわ。」 ハルヒはいきなりそういって、古泉が残していったナイフと林檎を手にとる。 林檎なら古泉が山のように剥いていってくれたが、まぁあえて言わないでおこう。 しゃりしゃりという音だけが病室に響く。 「痛っ!」 突然小さくあげられた悲鳴はハルヒのものだった。見ると、ひとさし指からじんわりと血が出ている。 「あー。何やってんだ。」 俺はハルヒの手をとり、ティッシュで血を拭いてやると、新しいティッシュで傷口を縛ってやった。 「あ、ありがと・・・。」 ハルヒはぎこちなく礼を言う。 俺はハルヒが剥きかけの林檎とナイフを手に取り、残りの皮を剥いてやった。 「・・・・・・あんた意外に器用ね。」 「林檎の皮剥きだけは得意だ。」 ハルヒはそのまま、傷口に巻かれたティッシュをじっと眺めていた。 「どうした、元気ないじゃないか。」 俺がそう言うと、ハルヒはしばらく黙り込んだあと言った。 「有希から聞いたわ。」 「聞こえてた。」 またしばらく黙り込む。こんなにおとなしいハルヒは珍しい。 「バイトで倒れたんですってね。」 「ああ、ちょっとクラッてきてな。情け無いぜ。」 「そんなに頑張っていたの?」 「まぁ俺なりには頑張った方だと思うが。」 「みくるちゃんがバイトしてたのも?」 今更隠す必要もないので本当のことを言ってやった。 「ああ、お前のプレゼントを買うために金を貯めてたのさ。」 「・・・・・・。」 再び沈黙が続く。今日は沈黙デーなのだろうか。 「キョン。」 少しだけ大きな声で言った。そして今度は小さく弱々しい声で、 「ごめんね・・・。」 ・・・・・・。 「ごめん、本当にごめんキョン。私、何も知らないで勘違いして。 皆の気持ちも知らないで・・・。ごめん。許して。」 ハルヒは俯き気味で言った。 ……こんなに弱々しいハルヒも可愛いな。しかし―― 「やっぱりお前は笑顔が似合う。」 俺が言うと、ハルヒは何の事を言われているのかわからなかったらしく、 ぽかんと口を開けた。 「ハルヒ。許してくれもなにも、俺は最初から怒っちゃいねぇさ。 多分朝比奈さんもな。だからもう気にするな。 いつものような笑顔を見せてくれ。」 俺がそういうと、ハルヒは少しだけ目を見開いた。 そして、両目を右手で覆って、小さな声で言った。 「ありがとう・・・。」 ハルヒはそのまますくっと立ち上がると、 病室のドアの辺りまで歩いていき、立ち止まって振り向かずにもう一度言った。 「ありがとう・・・・・・キョン・・・。」 そしてハルヒはそのまま病室を出て行った。 ドアの足元に2,3滴の大粒の雫が落ちていた。 がちゃり。 きた!! パァァァァァン!! 「誕生日おめでとーーう!!」 突然のクラッカー攻撃に、流石のハルヒも驚いたらしく目を見開き、口をぽかんと開いた。 よし、いいぞその表情。俺は手元に控えていたデジタルカメラで、その間の抜けた顔を撮ってやった。 部室の窓にはクリスマスの時のように、スプレーで ハルヒ 誕生日おめでとう と書かれている。 ただし、今回これを書いたのは俺だけどな。 「どうぞ、こちらへ。」 古泉はハルヒを団長席に案内する。 「ありがと、古泉くん。」 ハルヒはいつものように団長席に座り、斜め上方向に人さし指を突き刺して言い放った。 「さぁ、あんた達!!私を祝いなさーい!!」 なんだそのふてぶてしさは、と思いつつ、だが、これがハルヒらしいな、とも思っていた。 クリスマスのときと同じく、今日も鍋を持ってきた。 今回は俺特製鍋だ。学校で鍋を作ったりすると生徒会の方がうるさいが、 こんな日ぐらい騒いでもばちはあたらないだろう。 それで、食事風景だが、長門は毎度のごとく力士のようにもりもり食べ、 朝比奈さんは、ちまちま少しづつ肉をちぎりながら可愛らしく食べており、 古泉は何か横でべらべらと鍋に関するうんちくを並べていたが、ぶっちゃけ聞いていなかった。 ハルヒはというと、肉と野菜の位置がどうこうだとか、具がどうこうだとか、 俺の鍋に色々と文句をつけつつ長門に負けないぐらいのスピードで肉を頬張っていた。 俺が自分がほとんど食べていない事に気付いたのは具が全部無くなった時になってのことだが、まぁいいだろう。 「それでは、涼宮さんへのプレゼントタイムとしましょう。」 司会っぽく言うが、お前を司会にした覚えは無いぞ、古泉。 勝手に仕切るな。とか思いつつ、俺達はプレゼントタイムに入った。 最初にプレゼントを渡したのは長門だった。 綺麗な包装がされており、ハルヒが開けてみると、中には 何やらカタカナがやけに多いタイトルのハードカバーが入っていた。 SF学園モノ、だそうだ。どういうジャンルだ? 長門はハルヒに無言でプレゼントを渡すと、またいつものように本を取って 窓辺のパイプイスに座って読書を始めた。 こんな時ぐらい読書はやめようぜ、長門。 次にプレゼントを渡したのは朝比奈さん。 紙袋の中から取り出したのは、少し大きめのテディベアだった。 テディベアはどっちかというと、ハルヒより朝比奈さんが持ってるほうが似合うが、 まぁハルヒも喜んでいるのでそれは言わないでおこう。 「僕からはこれです。」 といって古泉が取り出したのは小さな箱だ。なんだこれ? 「フフフ、まぁ見ててくださいよ。」 古泉がその箱をパカッと開けると、オルゴールが流れ始めた。 ん・・・?この曲は、ハルヒが文化祭でやったENOZの曲じゃないか。 「そうです。僕の知り合いに作ってもらいました。」 「すごいじゃない!ありがとう古泉くん。」 ハルヒはオリジナルのオルゴールに感激していた。 「じゃあ次は俺のプレゼン――」 そこまで言った時、俺はとんでもない光景を目にした。 なんと、長門が本を窓の外に向かって投げているじゃないか。 長門はすくっと立ち上がると、ハルヒの背中をちょんちょんとつついて言った。 「風で本が飛ばされた。拾ってくる。」 ハルヒは不思議そうな顔をする。 「いや、長門、お前今自分で――」 と言ったところで、突然俺の唇が動かせなくなった。アリかよ!反則だ! 長門がすたすたと部室を出て行くと、ようやく俺は長門の呪縛から開放された。 「あ、お水が切れてる・・・。汲んできますね。」 そう言って今度は朝比奈さんが出て行った。 「じゃあ、僕はトイレにでも、ね。行ってきますよ。」 古泉はニヤケ面でドアのところまで行き、俺に小さくウインクをして出て行った。寒気がしたね。 二人だけになっちまった。 「・・・それじゃあ、次はあんたのプレゼントを発表しなさい!」 ハルヒは何故三人が出てってのかということをつっこむ事無く、そう言った。 「ほらよっ。」 俺はバッグに入れていたそれを、ハルヒに投げてやった。 小さい箱はちゃんと包装してある。 「ちょっと、もうちょっと丁寧に渡しなさいよ。」 「悪い。」 ハルヒは口をへの字にして、箱の紐を解き始めた。 そこに入っていたのは・・・。 「これ?」 ハルヒはそれを摘まんで、ぶら下げて見た。 黄色いリボンだ。 言っておくが、そこらで売ってる安いリボンではない。 高級リボンだ。派手すぎず、地味すぎず、さりげない加工が随所にちりばめてあり、 布も高級な物を使用している。見た目よりも驚くほど高ぇんだぞ、それ。 「ふーん。あんたセンスないわね。」 なんて事を言うんだ。 「冗談よ。素敵じゃない。」 ハルヒは、今してるリボンを解いて、俺がたった今プレゼントしたそれを結び始めた。 「どう?」 髪にリボンを結び終わったハルヒは得意気に言う。 「いいじゃないか。」 普段のハルヒより輝いて見えるのは気のせいではないだろう。 「仕方が無いわね。」 何が仕方ないんだ。俺は何も言って無いぞ。 という俺の言葉を無視し、ハルヒは結んだリボンを解き始めた。 そして、 「今日はサービスよ。」 とニヤリと微笑むと、今度はリボンを頭の後ろ側で結び始めた。 ハルヒがそれを結び終わった時に、俺はハルヒが何をしようとしていたのか理解した。 「ポニーテールか。」 「そ。・・・その、好きなんでしょ?」 「ああ。」 ハルヒの頭の後ろのしっぽのところがぴょこんと動く。 それを見て、俺は思わず笑みを浮かべてしまった。 「ハルヒ。」 「何?」 俺はいつかの日のように言ってやった。 「似合ってるぞ。」 fin
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涼宮ハルヒの遡及Ⅹ 迫りくる怪鳥の群れを捉えて俺は愕然としている。 いや俺だけじゃなくて、長門とアクリルさんを除く全員がだ。 ざっとした数を予想すれば……見えてるだけでも千できくのか……暗黒の空の下、向こうの風景がまったく見えんぜ……あの大軍を相手にして三十分だと……? 暗澹なんて言葉じゃ生温い。絶望と言う言葉はこんな時に使うものなんだろう、ということを実感させられる。 なんせ、さっきのハルヒの大技が使えないからな。なぜなら朝比奈さんはエネルギーチャージのために戦線に参加できないからだ。 「古泉一樹」 「何ですか?」 「あなたは彼と涼宮ハルヒと朝比奈みくるの護衛を。その赤いエネルギーがシールドの役割を果たすはず。迎撃はわたしと彼女が受け持つ」 「了解しました。ご武運を――」 振り向くことなく指示を出す長門に頷く古泉。 「す、涼宮さん!」 次に声を発したのは、やや涙声ではあったが意を決した感がある朝比奈さんだ。 「えっと、ミクルミサイルってどうやれば発射されるんですかっ?」 そうか、確かにそれはハルヒにしか分からない。どうやら朝比奈さんは自分に内蔵されている兵器を受け入れることにしたようだ。 「そ、それは……」 まさか考えてない、なんて言わないだろうな? 「違うわよ! もちろん考えてはいたわ! でも本当に発射されるの!?」 「発射されなきゃ俺たちは全滅だ。だが長門もさくらさんも俺も古泉も朝比奈さんも発射されると信じてる」 「キョン? 何で……?」 どうしてそんなことを聞く必要がある? んなもん答えは分かり切ったことなんだぜ。 俺はハルヒの手をぐっと握り、真剣な眼差しでハルヒの大きな瞳の奥を見つめた。 「みんな、お前を信じてるからだよ。現に超級グレートカイザーイナヅマジャイアントSOSアタックは発動した。ならお前が信じているならミクルミサイルも発動する」 「キョン……」 ハルヒがわずかにうつむき、俺たちはそんなハルヒの次の句を待っている。 「分かったわ……」 待ったのは刹那のような永遠の時間。 ハルヒが静かに呟き、そして次の瞬間、 「みくるちゃん! ミクルミサイルの発射ポーズを教えるわよ!」 大声を張り上げると同時にハルヒの瞳には先ほどまでの困惑の色は消え失せ、いつもの勝ち気いっぱいの300W増しの輝きが戻っていた。 そして、それが怪鳥の大群と長門、アクリルさんペアとの戦闘開始の合図でもあったのである。 俺たちを守る古泉の赤いエネルギー球を猛烈な衝撃が襲い続けてくる。 ハルヒは朝比奈さんを、俺は二人を守る形で抱きしめ、ただひたすら朝比奈さんのミサイル充電が終わるのを待っている。 その朝比奈さんは両膝をそろえて膝で立ち、胸のところで腕を十文字に組み瞳を伏せ、ただただ集中しているようである。 もし片膝を立てたポーズでは中身が見えてしまうから、なんて思ったなら大間違いだ。おそらくそんなことは朝比奈さんは勿論、俺も含めた全員が意識しちゃいない。はっきり言ってしまえば今この場面ではどうでもいい。 古泉もまたエネルギー球を消すまいと瞳を伏せ、精神を集中させている。 その外側では―― 「ライツオブグローリー!」 「……」 アクリルさんと長門が大軍をものともせず、とまでは言わないが、四方八方から襲ってくる怪鳥の突撃をかわし、しかし攻撃もしている。 アクリルさんからは目が眩むばかりのほとんどバズーカー砲と言っていいような眩く輝く光線が放たれ、長門からはスターリングインフェルノを振るうたびに説明のしようがない魔力が怪鳥を飲み込んでいる。 数はわずかながら減ってはいるようだが、それでも減っている内には入らないだろう。 「まずいですね……朝比奈さんの充電が間に合うかどうか、というところでしょうか……」 間に合わない、というよりはマシな言い回しだな古泉。 「クールドラグーン!」 今度はアクリルさんが連射可能の、氷の銛を連続で打ち出し、長門は相変わらず無表情で無言のまま、竜巻の刃を発生させている。 「堪えてくれよ古泉……それと何もできなくてスマン……」 「ふふっ、もちろんご期待に添えるよう努力しますよ。僕としてもかけがえのない大切な仲間を失いたくありませんので」 「古泉くん……」 ハルヒが珍しくか細い声を漏らしている。 …… …… …… なんだろうな、この感覚。前に味わった感覚と似てないか…… 俺とハルヒは歯がゆくもただ見ているしかできず、周りに頼りっぱなしで自己嫌悪に陥りそうになった……そう……蒼葉さんと初めて出会ったあの時と…… 俺は思わず思いっきりかぶりを振った。 「どうされました?」 「何でもない……本当にすまない古泉……」 「本当にどうされたんですか? 心配いりませんよ。僕は必ずあなた方を守り通します」 さわやかな笑顔を向けてくるんだが、その頬から滴る汗がお前の状況を知らせているんだよ。 くそ……何か、俺にも何かできることがないのか…… 「キョン! 痛いって!」 「あ……スマン……」 どうやらいつの間にか俺はハルヒを抱きしめる腕に力を入れ過ぎていたらしい。 「あんた……あの時と同じことを考えたでしょ……」 「ハルヒ?」 「だって、あたしも同じだもん……ただ見ているだけしかできなかったあの時……結局、あたしたちは蒼葉さんの手助けをできなかった……」 重く黙り込む俺とハルヒ。 そんな俺たちの耳が捉えたのはアクリルさんのとある言葉だ。 「ナガトさん、確かあなたの設定は悪の『魔法使い』、だったわよね?」 「そう」 ふと見れば、二人が背中合わせで宙を佇んでいて、気が付けば怪鳥たちが攻撃の隙を窺うべく、俺たちを取り囲んで膠着状態にあった。 どうやら長門とアクリルさんの想像以上の力に闇雲に攻撃しても無駄だと悟ったようだ。 「じゃあさ、さっき、あたしが撃ったライツオブグローリーかアルゲイルフォルスをコピーできない? なんか途中から見覚えのある魔法ばっかりだったし、アレってあたしのをコピーしたんだよね?」 「インプット済み。なぜなら魔法使いの設定を持つわたしにとってあなたは最高の模範。途中から、わたしは残された自身の力を魔法のプログラミング化に専念させていた。よって少なくともあなたが使用した魔法であれば使うことが可能、今は攻撃手段としても用いている。故に発動までにやや間が開いている。それは発動キーワードを呟いているため」 「魔法のプログラミング化って……んなことできるのはあたしたちの世界だと世紀の大天才魔工科学者・蒼葉だけよ……とんでもない話ね……って、ということはあなた自身の力は完全に尽きてしまったってこと?」 なんだと!? 「そう。しかし、あなたのおかげで『魔法』を駆使できるため戦闘に支障はない。ところでわたしにとってはアオバなる人物の方が信じられない。魔法、言い換えて意図的に超常現象を発生させる力のプログラミング化は人という有機生命体の器量をはるかに超える技術。それをできるとは考えられない」 「そうなの? あたしはそんなに深く考えたこと無かったし、蒼葉ならそれくらいやりそうなもんだと思ってた節があったから気にしてなかったけど。でもまあいいわ。それよりも、ちょっとした提案があるんだけどいい?」 「了解した」 ふぅ……アクリルさんと長門の様子を見れば、長門はなんとかなるようだ。本気で怖くなったぞ。 おっと、この場合の『怖くなった』は俺たちの危機が増大したからってことじゃない。長門の身が危うくなったことに対してだ。なんせあの雪山の一件があるからな。 「あたしはアルゲイルフォルスを使う。あなたはライツオブグローリーを。んで呪文の詠唱の最後の一句だけどあたしと合わせてこう言って」 ……? アクリルさんが何かを長門に伝えているのだが、はっきり言って俺には理解不能の言葉だった。 ひょっとして、カオスワーズってやつか? 「理解した」 「ん! なら行くわよ! これならこいつらでも半分は吹っ飛ばせるはず!」 ……なんだと!? この数の半分を吹き飛ばせる魔法……!? などと驚嘆している俺の眼前では、アクリルさんが烈火のオーラを、長門が黄金色のオーラを立ち昇らせている。 そして、まるで合わせ鏡のように二人同時に振りかぶり…… って! この魔法は! 『グレイトフルサンライズフェニックス!』 アクリルさんと、そして長門がハモって声を荒げると同時に二人から目が眩むばかりの強烈な光を放つ、そうだ! あの不死鳥が飛び立ったんだ! つか、長門が何でその魔法の名前を知ってるんだ!? 金色の不死鳥の羽ばたきが一瞬にして怪鳥の大群をなぎ払っていく! だが待て! あの魔法は……! 脳裏に浮かんだのは蒼葉さんが力尽きて崩れたあのシーンだ。絶対に忘れるわけにはいかない俺とハルヒの大罪…… 「ふぅ……どうやら楽になったわね。半分以上いなくなったわよ」 「確かに」 が、アクリルさんと長門のあっけらかんとした声が聞こえてきたのでどこかホッとした。 「よかった……もう、二度とあんなことは繰り返したくなかったもんね……」 ハルヒも安堵のため息をついてやがるぜ。そりゃそうだ。俺たちの考えたことは同じだ。 「そう言えば、ナガトさんはどうして今の魔法の名前、知ってたの? あれって蒼葉が考えた名前なんだけど、確か、ナガトさんは蒼葉に直接会ったことないんだよね?」 なんか場違いな会話だ。 しかしまあ、今の魔法の破壊力のおかげで怪鳥がさらに躊躇したからな。 「わたしは前にアオバなる人物がこの魔法を使ったところを目撃してる。だから知っていた」 あ……そういや長門は見てたんだったな……なるほど……そういうことか…… 「ふうん。凄いわね。異世界が視えるなんて。どんな目を持ってたら視えるのかしら。あたしはただひたすら蒼葉のことを祈るしかなかったんだけど」 「世界の連結が断たれていなかったから」 「ああ、そういうこと」 って、分かるんですか!? 今の説明で!? 「うん。でもまあ言葉にしにくいから詳細は省くけどね。それよりもナガトさん、もう一発いける?」 「問題ない」 などと物騒な会話を交わし、再びアクリルさんと長門が生み出した光の不死鳥は残りの怪鳥を壊滅させるのだった。 涼宮ハルヒの遡及ⅩⅠ
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ハルヒ先輩7から こんな晴れ上がった日に、何だってんだ!? 《ハルヒちゃん、事故、○○総合病院》 3時限目の真っ最中、窓からさし込む日航の明るさと暖かさに、目覚めてはまどろみ、夢と現実の間を行ったり来たりしていた俺に、携帯が震えてメールがあったことを伝えた。家からだった。 電報みたいな文面を読み終える前に、おれはカバンを引っ掴み廊下に飛び出していた。 「ハルヒ!!」 病院の受付に、つかみかかるような勢いで尋ねて、教えてもらった病室に飛びこんだ。 「はいはい、手も足も首もついてるわ。お願いだから、泣かないで」 いつもの顔、やれやれといった声。……気付かなかった。手の甲で目をこすると、確かに濡れていた。 「ハルヒ、無事?」 「無事じゃないわね。足は捻挫ですんだけど、利き腕が折れたみたい。ほら、できたてのギブス。ああ、なんでこうなったかは、あとでじっくり話してあげる。それより、ニヤニヤ笑いしてる、そこのおっさんをどけてちょうだい。うっとうしいたらないわ」 「よお、キョン。こっちのシリーズでは、お初だな。ハルヒの親父だ」 大きな手をさし出されて、そのまま握手する。なんか、有無を言わせない人だ。ハルヒに似てると言えば似てる。 「たまにメタなこと言うけど、いいから流して。ほら、会えたでしょ。用が済んだら、さっさと帰りなさい!」 「わかってる。じゃあ、キョン、またな。今度、飯でも食いに来い」 よくわからんが、チャシャ猫みたいなニヤニヤ笑いを残して、ハルヒの親父さんは出ていった。俺からすれば、ほとんど無敵に見えるハルヒも、親には弱いのか。 「何よ?その《びっくりした。ちょっとかわいいところもあるな》的な、なんとも言えない表情は?」 「ああ。なんか、ちょっと分かった。休みの日には、家まで迎えに行くの、嫌がる理由とか」 「んとに、普段にぶいくせに、こういうとこだけ無駄に鋭いわね。……その通りよ。でも、あんたを、ご招待しないといけなさそうね」 そう言われて振りかえると、いつのまにか、恐ろしくきれいな女の人が後ろに立っていた。似てる、この母娘。ハルヒみたいな鋭さはないが、あるいは上手にしまってあるんだろうか。 「あ、はじめまして。俺……」 「ハルに聞いてるわ。キョン君ね。いつもハルがお世話になってます」 「いえ、あの、こっちの方こそ」 「2つもお姉さんなのに、我がままばかり言ってない? 悪気があるわけじゃないんだけど、甘えてるのね。あんまりひどいときは断っていいのよ」 「母さんも、始めて会う相手に、何気に深い話、してるの!?」 「あら、だって私は初めて会うけど、何気に深い仲でしょ?」 ハルヒは何か言おうとしたが、ぱくぱく口を動かすだけで、声にならない。このお母さんもすごい人だな。 「病院の手続きは済んだわ。車と闘ったわりには、奇跡的な軽症ですって。頭も少しぶつけたみたいだから、CTとMRIをやりたいっておっしゃてるわ。今夜はお泊りね。検査の結果、異常無しなら、明日には退院できるそうよ」 「そう」 ハルヒが横向いてぶーたれてる。 「じゃあ、あとは若い人たちでごゆっくり」 「どこのお見合いよ!」 「ふふ。キョン君、ハルが退院したら、その足でうちに来てね。ごちそうするから」 「あ、はい」 この人のやわらかい笑みも有無を言わせない。うーん、やっぱり、ハルヒのお母さんなのか。 ハルヒのお母さんも帰って、俺はハルヒのベッドの横にある丸い椅子に腰かけた。 ハルヒがクイクイとあごを引いてる。俺にこっちに来い、と言ってるのだ。やれやれ。 「別にあごで使おうってつもりじゃないからね」 「わかってる」 《今日の分》がまだだったもんな。 「そう、これこれ。このチューがないと、一日が始まった気がしないわ」 チューとか言うな。聞いてる方が恥ずかしい。 「なに赤面してんの? 毎朝夕にしてるでしょ」 「ああ。朝四暮三だな」 「あたしたち、故事成語に出てくる猿?」 「あ、そうかな?」 「キョン、そこは言下に否定しなさい……って、なにまたポロポロ泣いてるの?」 「え?」 手の甲でぬぐう。本当だ。まただ。 「今日のキョン、ちょっと変よ。あんたこそ、頭打ったんじゃないの?」 「いや、なんか、いつものハルヒだと思ったら……」 「あたしはずーっと涼宮ハルヒよ。すごい事故だと思ったんでしょ?」 「なんていうか、『普通の事故』ぐらいなら、ハルヒ、なんとかしそうだし、なんとかなりそうだから」 「あたしも、赤ちゃんとお母さんの二人を抱えてなきゃ、手を折るなんて醜態は見せなかったんだけどね。ま、悪いのはすべて、あの暴走車だけど」 「轢かれそうになってる人、助けたのか?」 「大雑把に言えばそうね。お母さんだけ助けたら、赤ちゃん亡くしてお母さんは生きていたくなくなるだろうし、赤ちゃんだけ助けても誰が育てるのって話になるから。とっさにそこまで考えたら、両方を抱えて、車の鼻先ぎりぎりを横っ飛びしてたわ。重さの違うものを左右に抱えてたからバランスが悪くてね。ぶざまなことになっちゃった」 「いや、十分すごいぞ、ハルヒ」 「なっ! あんた、なに頭、撫でてんのよ!」 「誉めてるんだ」 「小さい子を誉めるやり方でしょうが!」 「照れてるのか?」 「違う!……そうよ、恥ずかしいの! あんた、ひょっとして面白がってない?」 「ない。これくらいは我慢してくれ。……すごく、心配したんだ。赤ちゃんとお母さんが、どちらか一方をなくしたら生きていけないのと同じくらい……」 「キョン……。あんた、まさか学校から走ってきたの?」 「さすがに途中で気付いて、タクシー使ったけど」 「あんたらしいというか、なんというか……。いっつもあたしより冷静なあんたに、そんな思いさせて悪かったわ」 「悪いのは全部、その暴走車だ。ハルヒは悪くない」 がちゃがちゃといった音が、廊下の方から、しだした。 「お昼ごはんの時間みたいね。あんた、どうすんの?」 「あとで何か食べる」 「あとでなくても、今食べに行ったら? 売店も喫茶室も下にあるって言ってたわ」 「ハルヒ、利き手、使えないんだろ。食べさせてやる。それ終わったら食べに行くよ」 「はあ。……あのね、利き手じゃなくても食べられるように、スプーンか何かついてるわよ。付き添いの居るような怪我じゃないの」 「涼宮さん、お昼、大丈夫?食べられる?」 看護婦さんが声をかけてきた。 「ありがとうございます。食べさせます」 トレイを受け取って、ハルヒのベッドに戻った。箸でおかずをとって、ハルヒの口が開くまで待機する。 「ハルヒ、口、あけろよ」 「あ、あんた、なんて恥ずいことを。どこのバカップルよ?」 「誰かの膝の上に乗って食べるのに比べたら、遥かに普通だ」 「……あんた、素で言ってんのね?」 「もちろん」 「……だったら勝ち目ないわね。わかったわよ!さっさと食べさせなさい!」 「ハルヒ、あーん」 「せめて、あーん、とか言うな!」 「はぁはぁ。……た、食べ終わったわよ! あんたもなんか食べてきなさい!」 「そうする。……いや、そういや弁当がある。いつもどおり二人分」 「あ、そうか。ごめん、当然作ってきてくれてたよね」 「どっかで食べくる。それと、とりあえず、家に電話してくる」 「そういや、あんた、なんで事故のこと知ったの?」 「家からケータイにメールがあって」 「ってことは、母さんが連絡いれたのね、まったく。……授業中だったんじゃないの?」 「ああ」 「ああ、じゃない!無事なのはわかったでしょ。高校生は学校に戻りなさい」 「午後は5,6時限、体育だ。今日は十分走ったから、もういい」 「あんたは良くても、出席日数ってもんがあるでしょ!」 「なんか言うこと、いつもと反対だな。いよいよヤバくなったら、なんとかしてくれ」 「あのね」 「大丈夫なのは、わかった。でも、一緒にいたいんだ」 「……ったく、地頭と素のあんたには勝てないわ。そこまでいうなら、しっかり付き添いなさい! いい?」 「そのつもりだ」 「明日、検査をして……、ま、するまでもないと思うけどね、それで退院らしいけど、それまで付き添うのよ! いいわね!?」 「そのつもりだけど」 「あの、分かってる? こ・ん・や・も、ここに居ろって、言ってるんだけど」 「ナースセンターに断ってきた方がいいか? ここ女性の部屋だし」 「ええと、どうだろう? ……って、あんた本気?」 「骨折ってるなら、その方がいい」 「なんでよ?」 「昔、骨折った時、その日の夜に、誰かに居て欲しかったことがあるんだ。小さかったんで、なんでだったか忘れたけど」 「……そう」 「だから、今夜は付いてようと思ってた」 それから、ハルヒは「寝る」といって目を閉じた。 患部が、折れた右手首と捻挫した左足首が、なるべく腫れないように、心臓より高くするために、吊り下げていたから、ほんとは眠っていなかっただろうと思う。寝相は悪いが、そのくせ(それとも、そのせいか)、体が自由になってないと眠りにつけない質なのだ。 それでも病人が「寝る」といえば、目を合わさないでいる理由、黙っている理由になる。 病室は、さすがに程よく空調がきいていて、おれの方は本気で眠りこんだ。張りつめていたものが、元にもどったせいかもしれない。 「起床!」 ハルヒの声に、ゆっくりと身を起こす。 「付き添いの身で、あたしの上につっ伏して眠るとは、いい度胸ね」 「ああ、ごめん。……夕食の時間か?」 「そうみたいね」 「おまえのトレイを取ってくる」 「任せるわ。無駄な抵抗はしないことにしたの」 「賢明だな」 「今のあんたが言うセリフじゃないわね」 「そうだな」 二人してくすくす笑い、ハルヒの「まぬけ面」の一言をタイミングに立ちあがり、ハルヒの夕食を取りに行った。 昼食と同じようにして、おれは食べさせ、ハルヒは食べた。「あーん」その他は、ハルヒの希望により省略した。 ハルヒは食べ終えると、 「あんたはどうすんの?」 と聞いてきた。 「ああ。弁当が二人分あったろ。昼間は、もちの悪いものだけ食べた。だから、夕食分は残ってる」 「なんて奴。……あんたなら、立派に嫁のもらい手が有るわ。……でも、時間経ってるんだからね、へんな味がしたら吐きだすのよ」 「ハルヒこそ、お母さんみたいだな」 「……あんた、やっぱり、『お父さん』の方がいいの?」 「相手がハルヒならどっちでもいい」 「退場。目を覚ましてきて」 弁当を食べて、病室に戻る途中、ナースステーションに寄って、夜の付き添いの件を話に行った。 「あ、はい。お母さんから聞いてますよ」 「へ?」 「夜も《弟さん》が付き添いますって」 ハルヒのお母さん? 何という的確な読み、何という捌けっぷリ、それに何という策略。多分、俺が夜も残るためにナースステーションに頼みに来ることを見通して、許可と同時に「自重」するようにと「歯止め」まで仕掛けていったのだ。すごいな。 後から考えると黙っていた方がよかったのだが、その時は、ハルヒのお母さんの鮮やかさぶりに驚きつつ感動すら覚えてたので、今したばかりのナースステーションでの会話を、ハルヒにそのまま伝えてしまった。 「な、あ、え、……ったくもう!」 信号機のようにくるくる変わるハルヒの顔を見ていると、妙に幸せな気分になったが、それに気付いたハルヒのギト目に封殺された。 「あんた、このことは他言無用よ」 「誰にも言わないが、何故?」 「とくに親父あたりの大好物な話だから」 絶対からかわれる、とかなんとか、ぶつぶつ言うハルヒ。 「ハルヒ、苦手なのか? 親父さん」 「ち・が・う! 嫌いなの! そこ、間違えないように」 病院の夜は早い。午後10時には消灯となる。 消灯の後、ハルヒの左手を握りながら、おれはまたうとうとしていたらしい。 ハルヒの握る手の力が増し、俺は目を覚ました。 目の前には、歯をくいしばり、額に汗を浮かべてるハルヒがいた。普段のこいつなら、絶対にこんな顔は見せない。 「! 痛むのか、ハルヒ?」 「けっこうね。骨折の痛みは、時間差で来たりするのよ。再生する前に破損したところを取り除かないといけないから、免疫細胞がそういうのを破壊してるの。免疫細胞が集まってきて活動しだすと、血流も増えるしね。炎症するってのはそういうこと。創造のための破壊ね」 「ナースコール! 鎮痛剤ぐらい出るだろ」 「待って。どうせアセトアミノフェンくらいしか飲めないわ。炎症を抑えるのは、治るのを邪魔するみたいなもんだし、ヘタすると内出血が余計ひどくなるの」 「でも……」 「ナースコールはいいから……ダッコして」 「ハルヒ……」 「あんたのは、ヘタな麻酔銃くらいの威力があるわ、ほんとに」 「わかった。……これでいいか?」 「うん。……ほら、落ち着いたでしょ。不安や気分が沈んでると、余計に痛く感じるの。だから夜一人になりたくなくて。無理言ってごめん。痛くて泣きごと言ってるところなんて、ほんとは見せたくないんだけど」 「ハルヒのお母さんはああ言ってたけど、こんなときぐらい甘えろよ」 「……甘えてるわよ……いつも」 「だったら、なおさらだ」 病院の夜は早く、したがって朝も早い。午前6時には検温があり、7時には朝食だ。 そして、どちらかと言えば、俺は朝が強い方ではない。 「……やれやれ。さすが母さんというべきか、恐るべきハルキョンと言うべきか? おーい、尋ねてるんだから、どっちでもいいから答えろよ」 つい最近、聞き覚えたばかりの声で目が覚めた。よくこのタイミングで起きたと思う。 その声に反応したのは、できたのは、もちろんハルヒの方だった。 「オ、オヤジ!? 何入ってきてんのよ。ここは女性用の病室だって言ったでしょ!寝こみを襲うなんて何事よ!」 「ついでにいうと、ここは6人部屋だ。仲が良いのはよく分かったが、周りの人の安眠も考えて、もう少し自重しろ。それと、もうすぐ検温の時間だ。看護婦さんに生あったかい目で見られるのが嫌なら、その《抱き枕》、隠しとけ。……と、以上が、母さんから夕べ預かったメッセージだ。母さんならもっとスマートにやるんだろうが、おまえも知っての通り、母さんは朝が弱い。だから代理で来た」 「みなさーん、検温ですよ」 「ほら、来たぞ。まったく俺の方こそ熱を計ってもらいたいくらいだ」 そして《抱き枕》こと、おれは、ハルヒの左手によってむしりとられ、親父さんに引き渡された。そのときのハルヒのセリフはこうだ。 「どっかに隠しといて」 「男親に頼むか、ふつう?」 「言っとくけど、傷ひとつでもつけたら、承知しないからね! あと、検温が終わったら、速やかに返却! 朝ご飯食べなきゃならないんだから……」 「……だとよ。行こうか、キョン。ちゃんと捕虜の扱いに関するウィーン条約にのっとった扱いをしてやるから、心配するな」 ハルヒ先輩9へ
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Ⅰ ドカドカドカ、と鈍器で頭でも殴られたんじゃないかと疑問に思ってしまうような擬音と共に分厚い本を目の前に置かれてから2日経った頃、俺は早くも心に土嚢でも負ったかのように挫折しかけていた。1週間でノルマ5冊。これは読書が好きな人でも結構キツいんじゃなかろうか。 「よりによって哲学‥‥」 俺はいよいよブラック企業に務めたかのような感覚に押し入られてしまった。 ハルヒ曰く、 「SOS団たる者、多少の本を読んで常に知的な人材である必要があるのよ!」 「本を読んでいるイコール頭良いなんていう安直な考えは止めた方がいいぞハルヒ」 「皆、異論はある? あるなら読書大会が終わった後原稿用紙10枚分みっちり書いてきたなら、見てやらないことはないわよ」 俺の言葉は遠回しすぎたのか、異論としては認められなかった。いや、仮にボウリング玉がピンと接触するぐらいの近さでの言葉を言ったってハルヒの奴は耳をきっと傾けない。要するに知的云々は置いといて、長門のように本が読みたかったのだろう。ただ自分1人で読むのは嫌だから、SOS団を巻き込んだわけだ。長門はなんとなく嬉しそうに見えた気がするが。 そして、まさかの分野別である。何でもかんでも5冊読めばいいとなると、俺は市立図書館にある絵本やら雑誌やらで済ましてしまうとハルヒは先に睨んだようだ。どうしてそんなことばかりに気がついて宇宙人や超能力者は未来人に気づかないのか。全くもって不服だ。 「さあ、1本引くのよ!」 SOS団の市内探索の時のように、ハルヒはどこからか爪楊枝を取り出し、俺達に1本ずつ引かせた。爪楊枝な先には文字が書いてあったが、‥‥というよりなんて器用な奴だ‥‥はさておき、字を書いたのはご立派だがハルヒ、 「なんて書いてあるんだ、これ」 「おや、僕はエッセイですか」 「あ、‥‥私は小説のようです」 「‥‥‥‥‥」 「何よ、キョン。あんたまさか日本語を読めないわけ?」 いや、というより他の奴らの視力が可笑しいんじゃないか。油性のインクが滲んでて全く読めない。何故に爪楊枝に書いたんだハルヒ。 「貸しなさいよ、もう! 哲学って書いてあるじゃないの」 お前それ適当に言ってないだろうな。 「あたしが医学だから、有希は科学ね。じゃあ各自1週間の内に5冊読むこと。いいわね!ちゃんと感想文書くのよ。凄かった、の一言で終わるものなら、‥‥‥」 「‥‥‥終わるものなら?」 ニヤリ、と笑ったハルヒの顔に俺は初めて背中にゾクゾクとする恐怖を感じた。駄目だこいつ。罰金以上の何かえげつないことをするに違いない。私達が笑うまで一発芸よ、かもしれない。 そして、そんなこんなで現在に至るわけだ。医学に当たらなかっただけマシと言えるが、にしても哲学‥‥。俺はページを捲るも、圧倒的文字数と量、その威圧感に早くも今日の夕飯が口や鼻のような穴という穴から出そうになった。これはまずい‥‥。 異変でもないので長門に頼むわけにはいかず、かといって本をほったらかしにするわけにもいかない。 「勘弁してくれ‥‥‥」 ついつい独り言が出てしまうが、こればっかりは本当に参った。まるで身を隠す草原もなければ助けてくれる仲間もいない、数えきれないライオンに囲まれたシマウマのような心境だ。 俺はトイレ休憩風呂タイム挟む2時間の中で本と向き合ったが、進んだのは5ページほどだった。 ‥‥なんか変だな、と思ったのは朝登校してから数分経った後だ。いつもならハルヒがぎゃあぎゃあと耳もとで叫び、ハイテンションで 「キョン、読書はちゃんと進んでるでしょうね!?」 と聞いてきそうなものだが、今回は何も言ってこない。どうしたもんかと後ろを振り向くと、窓の外をボケーと見つめる、いかにも日向ぼっこをするお爺さんのような光景が見てとれた。いや、ハルヒの場合ならお婆さんか。 「どうした。本を読みすぎて夜更かしでもしたか?」 「‥‥‥うるさいわね」 どうやら虫の居所が悪いらしい。俺はそうですかと曖昧な返事をしておいて、大人しく前を向いておくことにした。久しぶりに機関が働くかもしれない時に、あまり刺激しておかない方がいいと思ったのだ。言っておくが、古泉のことではない。新川さんや森さん、多丸さんに夏にお世話になったから、そう思っただけのことだ。 しかし気になることがある。 目の下にクマを作ってる奴が、どうして今寝ない? ハルヒは授業中お構いなしに昼寝してることなんてしょっちゅうだし、それで教師に起こされて俺にやつ当たりするのだからほとほと迷惑をしている。しかしどうだろうか。そのハルヒが眠いのを我慢して窓の外を見ているのだ。何か面白いものがあるのかと俺も見たが、そこにはいつもと変わらない空と風景があるだけだった。 「‥‥‥変ですね。閉鎖空間は発生しておりませんし、涼宮さんともあろう方が自分の体の健康管理を出来ていないなんて。それなら僕達機関の方に何かしら報告されているはずですが‥」 「あのな、ハルヒだって女子高生なんだろ。夜更かしの1つや2つ、ましてや今は本を読んでるんだ。読んでて時間をつい忘れちゃったーなんてこと、あってもおかしくないんじゃないか」 「涼宮さんが小説を読んでいるのならまだ分かりますが、医学です。体にどのようなことをしたら害が出るかが乗っている本で、それはないと思います。第一イライラしたのなら僕達が真っ先に分かるはずなんです。夢の内容によってでさえ閉鎖空間を出す彼女ですから」 「…つまり、ハルヒは正常なのか?」 「健康そのもの、のはずです」 驚いたことに。 放課後にはきっといないだろうと踏んだのにもかかわらず、笑顔を誰かれ構わず振り撒く詐欺師のような高校生は独りで詰め将棋ならぬ詰めチェスをやっていた。閉鎖空間はどうした、と聞けば 「なんのことでしょう?」 と聞き返してきたのだ。きっとハルヒの鬱憤に付き合わされているに違いないと思ったのに、見当違いにもハルヒは健康そのものだという。しかしどの角度から見たって、ハルヒの目の下にはクマがある。 「真後ろから見たら頭しか見えませんよ」 黙れ古泉。そういう意味で言ったんじゃない。 ともかく、俺はまた何か嫌な予感がしてたまらなくなった。次はなんだ。巨大カマドウマの後なんだから秋らしくコオロギか? 「大丈夫ですよ。前にも言いましたが、此処は力が攻めぎ合いとっくに異空間化していますから。害のある者は立ち入れません」 「‥‥‥異空間の真っ只中にいるとは信じられない光景なんだがな」 肝心のハルヒはどこかへ行っているらしく、朝比奈さんは今日はメイド姿のまま小説に没頭、長門はいつも通り窓際の椅子に腰かけて読書。古泉はチェス盤を片付けはじめ、将棋盤の準備をする。はさみ将棋を俺とするようだ。 「古泉、お前本の方はどうだ?」 古泉はふう、とわざとらしく溜め息をつきながら 「それがまだ2冊目に入ったばかりで」 なんて嫌味を言いやがった。俺と代われ、俺と。 「そうはいきませんよ。涼宮さんは、貴方に哲学を読んで欲しいから貴方は哲学と書いてある爪楊枝を取ったのです。それを僕と代わってしまったら、それこそ閉鎖空間発生の種ですよ」 「サルトル、ソクラテス、カント‥‥キリストの教えなんてなんの役に立つ? なんで俺と一番無縁な哲学を持ってきたんだ、ハルヒは」 「貴方がノーと言えない日本人だからですよ」 イエスだけにか、と突っ込むと思ったら大間違いだぞ古泉。お前はどや顔をしているが、ちっとも上手くない。 「‥‥‥ハルヒは」 「お待たせぇー‥」 俺が古泉に口を開きかけた時、ドアがゆっくりと開いてハルヒが入ってきた。先日までの元気は宇宙の果てでさ迷っているのか、目にしたハルヒはやはりどことなく弱っていた。 古泉の目つきが少しだけ変わる。 「‥‥あっ、お茶を用意しますね」 ハルヒの存在に気付いた朝比奈さんは、可憐な姿のまま急須の元へ。ハルヒは何も言わず、ただ1冊の分厚い本を抱えてパソコンの前に座った。 長門も少し顔を上げて、ハルヒの状態を観察‥‥いや、分析しているようだ。ハルヒはそれに気付かず、パソコンの電源もつけずに本をパラパラと捲った。 「‥‥ハルヒ、朝から元気ないじゃないか。まさか2日間かけて4冊読んだときじゃないだろうな」 「うるさいわね‥‥アンタはちゃんと読んでるの? 感想文出さなかったら、死刑だからね」 感想文を出さなかったら死刑という法律が出来れば、日本人の9割は恐らく日本海に沈められるだろう‥‥‥じゃなくて。 人がせっかく心配したのにこの態度だ。俺がハルヒを心配するなんてまずないことなんだがな。その物珍しい出来事を自ら蹴り飛ばすとはね。わかった、もう心配しねーよ。 「‥‥‥‥」 「‥‥‥‥」 「涼宮さん、お茶です」 「ありがとう、みくるちゃん」 ズズズとハルヒがお茶をすする音以外何も存在しないかのように思える空間。古泉は何故だかマジな表情でハルヒを見ているし、長門も相変わらずだ。 朝比奈さんは古泉と長門の様子に戸惑っているらしい。そんな朝比奈さんの姿はとっても可愛い。が、いつまでも見ているのも失礼だ。 古泉は何事もなかったかのように盤上をいじりだし、俺もようやく朝比奈さんから目を離してはさみ将棋をし始めた。 後でまた4人で集まるのだろうかと思考しながら古泉を7連敗させた後、長門のパタンと本を閉じる音でSOS団の活動は終わった。これではまるで文芸部だ、っとまだここは文芸部室だったな。 帰り道にそっと古泉に今日集まるのかどうかを聞いたが、 「もう1日様子を見ましょう。長門さんも何も言わないことですし」 と、どうやら何も面倒事なく今日1日は無事終了するようだ。しかし俺は家で積んである哲学書5冊の事を思い出し、平穏な日常などまずこの1週間の内はあり得ないなと頭を悩ませることになったのは言うまでもない。 そして結局本を1ページも読まずに登校した翌日、ハルヒの体調はさらに悪化していた。クマは濃くなり、明らかに一睡もしてないのが目に見えて分かる。 「ハルヒ、本に夢中になるのも良いけどな、それで体壊したらアホみたいだぞ。知的な人材を揃えるためにやってるんじゃなかったのか?」 「‥‥‥‥」 昨日の不機嫌な反応より、 「うっさいわねバカキョン! あんたにそんなことを言われる筋合いないわよこのエロキョン!!」 とでも言ってくるものかと思っていたら、まさかのダンマリだ。これはいよいよ本当に不味いような気がしてきた。 あのハルヒがこんなに萎れてるとは、リアルインディペンデンス・デイが勃発するくらい信じられないことだ。ここには宇宙人もいるし、ハルヒの感情次第で世界が滅びるやら何やら言われているがもちろんそういう意味じゃない。サイコロが10連続1が出るような確率のようなもんだということだ。 「涼宮さんがそう望めば、サイコロで連続1が出ることも可能ですよ」 と古泉なら言いそうだ。 「ねえ、キョン‥‥‥」 返事を返さないもんだからまた無視されたものかと見なしていたら、ハルヒは窓の外を昨日と同じように頬杖つきながら目を向けていた。一体どうしたというんだ。 「なんだ」 「‥‥前に、自分がいかにちっぽけな存在かを話したじゃない?」 あれはお前が勝手に話したんだがな‥‥ってちょっと待て。お前が読んでたのは哲学じゃなくて医学の本だったろ。なんでそんな断食など意味がないと気づいてしまった、悟りの領域を越したムハンマドみたいなことを言いだすんだ。 「人ってさ、自分の中にさらに他の自分がいるとしたら、人の数なんていうのは、本当はもっと多いのよね‥‥‥」 何を言い出すんだハルヒ。 「そのたくさんある中の1つがさ‥‥‥その人物の人柄と見なされて表に出てくるのよね‥‥‥。でも、せっかく出てこれたその1人も‥‥本当は世界と比べたらちっぽけな存在で‥‥‥」 「一体なんの本を読んだのかまるで分からないがな、ハルヒ。今日はもう寝ろ。俺が許す」 「‥‥‥‥‥」 睡眠不足のせいか、しっかりと思考が働いてないようであるハルヒは、またもやせっかくの俺の気配りを無下にした。確かに俺に昼寝を許可出来るなんていう夢のような権限はないけどな。 そしてこの日もハルヒは、午前午後の授業をボーと過ごした。 「涼宮さんがそうまでして寝ないのは、一体何故なんでしょう‥‥」 朝比奈さんがそう呟いて答える者が誰1人いない部室内で、古泉はお手上げとばかりわざとらしく両手を上げて 「長門さんの方はどうです? 情報統合思念体は、何か言っておられますか?」 と、やはりこいつも最後の頼みの綱にかける他なかったようだ。しかしその長門でさえも 「情報総合思念体からは何も報告を受けていない。でも私から推察するに、涼宮ハルヒは本来年齢約15~18歳までに必要とされている最低睡眠量の内、14時間22分17秒が不足している。原因は彼女が読んでいる医学本‘人格と精神’の熟読。でも、何故彼女が睡眠を一定以上の我慢を強いているかは不明」 と、古泉のようにスタイリッシュアクションで示さないものの、どうやらダメらしい。 「なんでハルヒはそんな本に夢中なんだ?」 「5日前の午後7時02分から放送した‘精神の病’のプログラムの中にあった、多重人格についての内容がさらに詳しく現在彼女が読んでいる本に記載しているというのが、最も考えられる動機。でも彼女が何故異常なまでにそれに固執するのかまでが、不明」 「‥‥そりゃ、なんでだ」 「彼女の記憶をこれ以上読もうとすると、彼女の意思とは関係ないプロテクトが自動的に展開される。根本的な理由というものがその先にある。でも私の今のクッキング能力ではここまでが限界。これ以上は涼宮ハルヒの精神になんらかの異常を脅かす危険性がある。だから私にはこれ以上のことは不明」 つまりだ。2度目だが長門にも無理だということだ。 となれば話は1つだ。 「ハルヒ、なんでそんな本にえらくこだわるんだ?」 「‥‥‥‥‥」 ハルヒ本人が弱々しい状態でなんとかやっと来てから、作戦1として、完璧なおかつ完全、本人に直接聞くという方法が我がSOS団団員その1、2、3、副団長で決定されて実行されたが、あえなく敗退した。どうやらハルヒがこの本‘人格と精神’を読み続ける理由は、応募者100名様限定超プレミアム完全真空パックの切り取り線つき袋閉じ、なくらい秘密らしい。しかしそんなハルヒも、この本と格闘するのが疲れたのか、はたまた単なる睡眠不足なのか、キーボードに突っ伏す形で寝息を立てて寝始めた。また下校時刻まで時間はあるし、暫く寝かせておくのもいいだろう。 その間に 「長門、その本に何が書かれてるのか読んでみてくれないか」 「了解」 ハルヒの顔のすぐ隣にある‘人格と精神’を長門がパッと取ると、世界速読王でさえびっくりするような、新幹線のぞみ級の速さで長門はページを捲っていった。いつも読んでる速度はなんなんだ一体。本を読む速さをさらに鍛えるためにかなりの制限をつけているとしか思えん。 「‥‥‥‥‥」 長門は静かに、元あったように本をハルヒの隣に置いた。結局、ハルヒを虜にするような内容とはなんだったのか。 「この本に、涼宮ハルヒに過度な依存をさせる内容はない」 「なんだと」 「念のため、人体寄生タイプのウイルスが仕組まれているかを確認した。でもそのような物が仕組まれた跡も発動した形跡もない」 そりゃそんな寄生虫みたいなものが図書館の本にあったら大変なことだろう。しかし、どうしようか。これでまた謎が深まってしまった。 「ちょっと失礼します」 古泉がガタリとパイプ椅子から立ち上がり、微笑みフェイスのままハルヒの方へて歩み寄り、その本へと手を差し伸ばした。やめとけ、俺はまだ見てもいないがお前じゃ出来ないと思うぞ。 「もしかしたら、ですけれど‥‥‥」 パラパラと捲り、斜め読みをしていく超能力者は、大体半分辺りまでいった辺りで長門の方へと振り向いた。 「長門さん、この本に暗号が混ざっているという可能性はないでしょうか?」Ⅰ 暗号? 「よくあること、というわけではないのですが、こういった本の作者が茶目っ気を入れ混ぜて、暗号を隠しているということです。つまり、涼宮さんはどうやってかこの本に暗号があることを知り、それを解くために夜更かしをしているわけです。寝たら負ける、というルールのもとで」 なんだその訳の分からん推理は。確かによくサウナとかで、一番最後まで出ないなんていった特に景品がもらえるわけでもない独り我慢大会を起こしている人がいるが、それとこれを結びつけるのはさすがに無理があるぞ古泉。第一今回不思議がっているのは、こんなに睡眠不足でイライラが貯まっているはずなのに閉鎖空間が出ないってとこにあるんじゃないのか。暗号解けなかったら余計イライラが貯まって、大規模な閉鎖空間が発生するんじゃないのか? 「それもそうですね。でしゃばって申し訳ない」 そうだ、古泉。お前はもう出てこなくていいぞ。 「涼宮さん、このままだと風邪ひいちゃいますね‥‥」 そう言いながら、朝比奈さんはコスプレ衣装のとこから上着のようなものを取り出し、ハルヒの背中にかけてやった。朝比奈さんのこんな姿を見たら、マザーテレサ、更には天使でさえ感涙するだろう。 「朝比奈さんは、どう思いますか?」 「‥‥‥涼宮さんの身近に、誰かそういった症状を抱えておられる方がいるんじゃないんでしょうか?」 「ハルヒの周りに、ですか?」 「はい」 朝比奈さんは、今頃ノンレム睡眠に入っているだろうハルヒを見てから、優しく微笑んだ。 「涼宮さん、優しいですから」 そりゃ貴方のことですよ、朝比奈さん。 「確かに、涼宮さんともなると、一度決めたことは意地でもやり通すのもプロ級ですからね。身近にいる生徒‥‥あるいは近所の子供か、涼宮さんがどうしても助けたいと思える人がすぐそばにいるのなら、そして尚且つかかっている病気が精神病ならば、この一連の行動に説明がある程度つきます。しかしですね」 朝比奈さんの言いたいことはもちろんわかる、が癪なことに古泉の言わんとすることも分かる。 「それならば、読書大会なるものを開かずに、自分で勝手に読み始めてしまう可能性の方が高いと言えます」 「涼宮さんが、読書大会を決めた後にそのような人がいたと気づいたとは、考えられませんか?」 「涼宮さんがこの本に興味を持ったのは、5日前に見たテレビが原因でしたよね、長門さん?」 「そう」 「となれば、彼女はテレビで多重人格というものに興味を持ち、そして読書大会を開き、たまたま自分が読みたかった医学の本が回ってきた‥‥‥そしてタイミングを見計らったようにそういった病を持つ人が現れた。これはつまり、涼宮さんがそれを望んだということになります」 ハルヒには願望を実現させる能力があるらしい。だから今古泉が言ったように、自分がその症状を解決、または分析したいがために今の状況を作り出したということになってしまう。偶然、の一言で片づけてしまうならばそれまでだが、それは少し考えにくい。 つまり、ハルヒは私利私欲のために誰かが病気になることを望んだということになる。いくらハルヒが無自覚の能力とはいえ、さすがにそんなことを願ったりはしないだろう。そうだろ。ハルヒ? 「だがな、古泉。ハルヒの能力関係なしに、本当にそういった偶然があるかもしれない。その線を探る必要もあるんじゃないのか?」 「もちろんです。機関の方に、最近涼宮さんと接触した者の中で、そういった心の病を抱えておられる方がいるかどうかを当たってくれるように申請しておきます。それと、どうして閉鎖空間が発生しないのか‥もね」 そこまで話したところでハルヒがうーんと唸りながら寝返りをうったので、この話はお開きとなった。しかし、長門でさえ原員不明とはな‥‥‥。 だがさっきまで信じられないスピードで本を捲っていたのに、今はまたいつものスピードでペラペラと本を読んでいる宇宙人も、冷めてしまったお茶をまた温めている未来人も、珍しくボード盤を開かずに誰かのエッセイを読んでいる超能力者、そしてこの俺も。今までやっていた隠れミーティングが無駄だったんじゃないかと思うのは、ハルヒが下校時刻5分前に起きてからだった。 「あっー!!もうこんな時間じゃないのよ! どうして誰も起こしてくれないのっ!」 起きてから第一声がこれだ。だが、さっきに比べて随分元気そうに見える。それを見計らったかのように長門は本をパタンと閉じ、帰り支度をし始めた。俺は結局、この時間の間、宿題をして時間を過ごした結果となったわけだ。哲学書は家にあるしな。 「もう! 次からはちゃんと起こしなさいよキョン。ふぁあ‥‥‥あー、でもよく寝たわ」 背伸びを存分にしてから、ハルヒも‘人格と精神’を鞄の中にしまい、鍵を持って部屋を出た。どうせその鍵は俺が返すはめになるんだろうがな。 と、思った矢先だ。 「あたし、鍵返してくるから皆先帰ってていいわよ」 信じられない発言がハルヒの口から飛び出したことを俺は確認した。睡眠をし終えたばかりで気分が絶好調なのか、あるいはまだ寝ぼけているのかどうかを疑うような状態じゃないか。ハルヒ、お前家に帰ってからもっかい寝た方がいいぞ。 ‥‥‥と言うわけもなく、俺はハルヒの好意に甘えることにした。自ら面倒くさいことを進んでやるハルヒなんて、珍しいことこの上ないからな。 「では、お先に失礼します」 「あ‥‥あたし待ちますよ」 「いいのみくるちゃん。ちょっと用事もあるしね。先行ってて。すぐ追いつくから」 ハルヒがこう言ってるんだ。朝比奈さん、先に行きましょう。 「で‥‥でも」 朝比奈さんがそう戸惑っている間に、ハルヒは駆けてくように職員室へと向かって行った。ここに置いてある鞄はどうやら俺が運ぶはめになるらしい。 「‥‥‥‥‥」 「どうした長門。科学の本をまだ5冊読み終えてないのか?」 長門の沈黙具合がいつもと違ったように感じたので、そう声かけてみたが 「今25冊目」 と、1日8冊読んでもそんなにも読めないペースで読んでいるらしいということだけが分かった。長門の無機質な声にも最近変化が感じとれるようになってきたと感じた俺だったが、しかし今の返答を見るとまだまだ俺は長門の心情をちゃんと察しているわけではないんだなと改めて分かる。長門は苦労しても顔に出さないから、知らず知らずの内に負担をかけてないといいが‥‥‥。 朝比奈さん、古泉や長門とも別れ、それでもハルヒが来ないので、俺は踏切前で重い鞄を持ちながら待つことにした。ハルヒの奴、いつもこんな重い鞄持ってるのか。ここ最近たまたま‘人格と精神’が入っているせいかもしれないが、にしてもこんな鞄を持ってよくあんな細い腕でいられるな。草野球の時だって、あいつだけは長門の力を借りずにパコンパコンとヒット打ってたしな。どこからそんな力を蓄えているのやら‥‥。 そんなことを暗くなっていく空を眺めながらボーっと考えていると、ようやくにしてハルヒが姿を現した。一体何の用事だったんだ。 「貸しなさいよ」 鞄を俺からひったくり、そのまま何事もなかったようにハルヒは帰っていく。お前、そこはありがとうだろ。 「なーんてね、ウソウソ。」 ハルヒは振り返りながら俺の顔を直視し、 「ありがと、キョン」 と言って走り去って行った。 ‥‥‥‥‥。 「えっ?」 ハルヒの睡眠不足がもうすでに精神を相当脅かしているんじゃないかと疑ったのは、まさにこの瞬間だった。 →涼宮ハルヒの分身 Ⅱへ
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今日の授業も終わったし掃除当番も終わったから早速部室に行くことにした。 部室のドアを開けた瞬間、みくるちゃんが立っていて『あっ!』と思った 瞬間にはお互い頭を強くぶつけてた。 「いたたたたた・・・みくるちゃん大丈夫?」 「痛かったですぅ・・・でもなんともないですよ。」 と言って顔を上げると・・・ 「え!何であたしが目の前にいるの!!」 「ええっ!ど、どうして私が目の前にいるんですかぁ~。」 ほっぺたをつねってみた。痛い。どうやら夢じゃないみたい・・・ 「もしかして・・・あたしたち人格が入れ替わっちゃったの??」 「ふえ~ん・・・そうみたいですぅ・・・」 「どうすれば元に戻るんだろう・・・もう一度頭をぶつけるわよ!」 「ええええー、痛いのはやですよ~」 「黙って言うことを聞きなさい!」 とりあえず何回か頭をぶつけてみたものの戻ることはなかった。 「ううう・・・頭痛いですぅ・・・」 「みくるちゃんも泣かないの!それにその体私なんだから。」 困ったことになったわ・・・この先戻れないんじゃ・・・と、考えて みたものの他人になるのは悪く無いわね。面白そう。 「とりあえず元に戻る方法がわかるまでこのままでいましょ。」 「わかりました・・・でも涼宮さん、なるべくおとなしく してくださいね・・・あっ」(TPDDはちゃんとある・・・大丈夫みたいですね。) 「なに?みくるちゃん。」 「いえ、なんでもないですぅ。」 こうして私とみくるちゃんの入れ替わり生活が始まった。 「ういーす。」 俺は部室のドアを開けた。 長門はどうやら不在、いるのはハルヒと朝比奈さんだけ。 「なんか2人とも額が赤いけどどうしたんだ?」 「なんでもないわよ。」 朝比奈さんが答えた。 『わよ』?マイスウィートエンジェル朝比奈さんが今まで 発したことが無い言葉だ。聞き間違いかな。 「ハルヒ、掃除当番は終わったのか?」 「はい~。ちゃんとやってきましたぁ。」 なんだなんだ、ハルヒの言動がおかしいぞ。また何かの モードにでも入ったのか? 「あ、朝比奈さんお茶もらえますか。」 「わかったわ。」 その後乱雑にお茶が運ばれてきた・・・ (俺、なにか朝比奈さんを怒らせるようなことしたんだろうか・・・) そう思いつつ朝比奈さんを見ていると、 「何見てるのよ、エロキョン!」 思わぬ言葉が返ってきた・・・ 「すず・・・みくるちゃん、それは言いすぎですよぉ」(あわわわわ) ハルヒからも意外な言葉が返ってきた。 その後長門、古泉とやってきて、俺は古泉とカードゲームをして遊んだ。 いつも通り長門が本を閉じると朝比奈さんが、 「今日はこれで帰りましょ。解散。」 と言った。 さすがに長門は興味を示さなかったが、古泉も驚いていたようだ。 帰りの途中古泉と歩き、 「ハルヒさんと朝比奈さんが逆のようなんですが・・・」 「俺もそんな気がするんだが・・・まさかまた時空改変とかハルヒが 変な力使ったんじゃないだろうな。」 「その可能性は無いと思います。もっとも、時空改変が行われたか どうかまでは我々にもわかりませんが・・・」 なんとも奇妙な感じのまま1日を終えた。 -みくるサイド- とりあえず涼宮さんになっているので涼宮さんの家に帰った。 一応家族にはばれて無いみたい・・・よかった。 涼宮さんの部屋には初めて入ったけど、普通の女の子の部屋でした。 あれ?机の上に写真立がある。 それを取り上げてみると・・・ (やっぱり涼宮さんたら・・・素直じゃないんだから。くすくす。) -ハルヒサイド- 「これがみくるちゃんの部屋かぁ・・・やっぱ可愛い系の部屋ね。」 私ももっと可愛くしようかしら・・・とか考えたけど柄に無いので やめた。 その日はなんとなく疲れていたので夕食・お風呂を済ませたら 寝ることにした。 (でも、何か忘れている気がするのよねぇ・・・ま、いいか) 次の日、俺がクラスに入るとハルヒがすでに来ていた。 「あ、キョン君おはようございます。」 「ああ・・・おはよう。」 やはりすっげえ違和感を感じる。 しかし、この状態のハルヒを見ると・・・まるで天使のようだ。 「どうかしました?私の顔になにかついてます?」 「いや、べつになんでもないぞ。」 そんなこんなで授業も進み昼休みとなった。 「キョン君、一緒にお弁当食べましょ♪」 「ああ・・・」 そこへ、突然朝比奈さんがやってきて、 「キョン、一緒にお弁当食べましょ。」 「ええ、いいですよ。」 とまあ、結局3人で弁当を食べることになった。 もちろんクラス中の注目の的だ。 谷口なんかは泣きながら弁当を食ってる。 この状況に耐えられなくなった俺は弁当をさっさと食べると、 「ちょっと用事があるんで。」 といってクラスを逃げ出した。 昼休みが終わるまで適当に屋上で時間を潰すか・・・と考えて いると鶴屋さんと出会った。 「お、キョン君。みくる知らないかい?」 「朝比奈さんなら俺のクラスでハルヒと話してますよ。」 「そっか。いやぁ~今日凄いもの見ちゃってさ。」 「何を見たんです?」 「いつものようにみくるにちょっかいだしてきた男子がいたんだよ。 で、あたしが痛い目にあわせようと思ったらさあ、みくるがいきなり その男子にボディーブロー食らわせて肘鉄かました挙句かかと落しで 半殺しにしたんだよね。みくるがいうには『いつも守ってもらってたら 悪いから護身術習ってるの』とかいうんだよね。」 マイスウィートエンジェル朝比奈さんがそんなことを・・・と頭を 抱えていると、 「あとさ、なんかいつものみくると雰囲気が違うんだよね。しゃべり方も 違うし・・・なんていうか邪悪なオーラに包まれてるって感じ?」 まるで今のハルヒと正反対だ・・・ 「キョン君はなんかこころあたりないかい?」 「確かに昨日から2人ともおかしいとは思ってるんですが・・・こころ あたりが無いんですよ。」 「そっかあ・・・何か分かったら教えておくれよ。」 そういうと鶴屋さんは去っていった。 そんなこんなで週末の不思議探索になった。 その間、ハルヒはクラスどころか学校中で天使扱い。朝比奈さんは 悪魔のごとく変わったと学校中にとどろくことになる。 一体どうなてるんだろうなぁ・・・などと集合後の喫茶店でボケッと してると、ハルヒが、 「キョン君、くじで班決めしますよぉ。」 と声をかけてきた。 くじの結果、俺・ハルヒ、長門・朝比奈さん・古泉という構成になった。 さっそく班ごとに分かれて行動するとき朝比奈さんが、 「キョン!デートじゃないんだからね!ちゃんとみつけるのよ!」 とハルヒ張りの言葉でしゃべって来た。 いつもだったら逆なのになぁ・・・と思いつつ、ハルヒと公園へ向かった。 公園に向かうと、突然ハルヒが、 「キョン君!私のことどう思いますか?」 「え・・・ハルヒはハルヒだろ?」 「そうじゃなくて・・・男と女としてどう思いますか。」 俺は一瞬凍りついた。 今までこんなこと無かったぞハルヒ。どうしたんだハルヒ。やはり時空改変 なのかハルヒなどと考えていると、 「女の方から言わせるつもりなの?」 と上目遣いで頬をやや赤くしながら俺のことを見ている。 やばい!これは男として落ちる! 「俺は・・・」 そう言いかけた時、 「ちょっとまちなさいよ!なにやってるのよ!みくるちゃん!」 という朝比奈さんの声が背後から怒鳴り声で聞こえた。 え?みくるちゃん?目の前にいるのはハルヒじゃ? 「ごめんなさい涼宮さん、ちょっと悪戯してみました♪」 「なんてことするのよ!そんなことされちゃったら・・・もごもご」 目の前ではハルヒと朝比奈さんが言い争っている。 そこに長門と古泉がやてきて、古泉が、 「ようやく分かりましたよ。あの2人、人格が入れ替わってるんですよ。」 「そんなばかな・・・」 「この1週間の行動を見れば納得できます。確か最初に異変が感じられた日 2人ともおでこが真っ赤でしたよね。たぶんぶつかったショックで 入れ替わったんだと思います。」 そう考えれば確かに全てが納得がいく。 まさにハルヒの行動は朝比奈さんのものだったし、その逆もだ。 「長門、今の古泉の話は本当か?」 「そう....」 「何で教えてくれなかったんだ?」 「聞かれなかったから。」 「そうだったな・・・ところで2人を治す方法はあるのか?」 「ある。私を媒介して人格を入れ替えればいい。」 これ以上の混乱はごめんこうむりたい。早速長門に、 「2人を眠らせて実行してくれ。ハルヒにばれるとまずいからな。」 「わかった。」 その後長門の働きにより2人の人格は元に戻った。 2人からも入れ替わっていたことを聞き、2人ともやっと戻れたと 言う感じで安堵してるようだった。 「やはりハルヒはハルヒじゃなきゃ似合わんな。」 「なによそれ。もう少しで・・・ごにょごにょ」 「ん?なんか言ったか?」 「なんでもないわよ!バカキョン!」 こうして2人の奇妙な生活は元に戻った。 が、しかしその後の学校での後遺症はすさまじいものだった。 ハルヒは元に戻ったので負のオーラだしまくりで全校生徒は混乱、 朝比奈さんにいたっては「おイタをすると半殺しの目にあう」という 黒朝比奈さんの印象が定着してしまった。 鶴屋さん曰く、 「いやぁ~風除けになってむしろいいんじゃないかい。それにしても みくるの中身がハルにゃんだったなんてね、くくくく・・・」 と大笑いだった。 部室では、 「涼宮さんひどいですよ!これじゃ悪女みたいに思われちゃう じゃないですか!」 「いいじゃない余計な虫も来なくなるだろうし、それにこの間の 事とあわせてチャラよ。」 「ううううう・・・・しくしく。」 と、まあ朝比奈さんが当分の間沈みきってしまったのは言うまでも無い。 ただ1人残念そうにしているのが長門だ。 「朝比奈みくるがうらやましい....」 そういうと長門はハルヒに向かってなんども頭突きをしていた。 さすがに耐え切れなくなったのかハルヒは一目散に逃げて行ったが。 部活も終わり、今部室にいるのはみくるちゃんとあたしだけ。 「さすがに他人になるのはこたえるわね・・・」 「そうですね・・・2度としたくないですぅ。」 その後沈黙が続いた後、みくるちゃんがにんまりとしながら、 「涼宮さん、そろそろ素直になったほうがいいんじゃないですかぁ~♪」 「な、なによいきなり。」 「私見ちゃったんですよね、机の上の写真立て。」 「え・・・。」 (あああーーー忘れていたのはそのことだったわーーーあれ見られたら・・・) 「安心してください、誰にも言いませんから♪」 「え、いや、あの、その・・・」 「それじゃ私も帰りますね。涼宮さん、顔真っ赤ですよ。ふふふ。」 そういうとみくるちゃんは帰って行った。 ああ・・・あれ見られちゃうなんて・・・うかつだったわ・・・ 「もう!何だか知らないけどバカキョンのせいなんだからね!」 おしまい。